コラム

「2度の総選挙への干渉を経験」カナダの調査委員会が提示した偽・誤情報対策の衝撃

2025年02月21日(金)14時31分

誰も答えてこなかった質問への回答

筆者は7年前に出版した「フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器」の中で、「多くのネット世論操作はまず第一に国内の安定を優先している」と書き、その後、何度も「偽・誤情報あるいはデジタル影響工作は本質的に国内問題」と訴えてきたのだが、理解を得られなかった。やっとという感じである。

これまで偽・誤情報やデジタル影響工作の専門家は、「海外からの干渉は相手国にすでに存在する国内問題を狙うことが多い」という点ではほぼ意見が一致していたが、「それなら、対策も国内問題を優先すべきではないのか?」という問いを無視し、海外の干渉そのものへの対抗措置を焦点をあてていた。


今回のレポートは、「それなら、対策も国内問題を優先すべきではないのか?」という問いへの答えとなっている。2度の総選挙への干渉を経験し、それを阻んだカナダが出した結論は、「現在、優先すべきは、政府機関を中心とした体制の立て直し」なのだ。

メディアとインテリジェンス機関は国内の情報エコシステムの中で重要な役割を担っているが、透明性に乏しい。メディアは記事化する基準や、フォーカスするポイントを独自の基準(恣意的とも言う)で決めており、誤報の際の対応はまちまちでデータベース化もされていない。

さらに各広告主の支払った金額などについても事実上非公開だ。大手SNSプラットフォームの多くは、モデレーションの基準やプロセスを公開しており(充分かどうかは別として)、透明性レポートを定期的に公開している。

さらに広告主と支払った金額を検索できるAPIまで公開していたりする。EUの基準では、それでも不十分とされることが多い。

新聞社や放送局といったメディアも情情報エコシステムを構成する重要な要素である以上、必要最低限の透明性は確立しなければいけないことは当然だ。同じことは政府機関にも言える。政府機関が透明性を確保することで、信頼を再構築する基盤ができる。

この報告書でも透明性が重視されており、必要な情報開示が行われていれば、不完全で誤解を招くリーク情報をもとにした報道は行われなくなる、と指摘している。安全保障上の理由から完全に秘密にする必要がある場合もあるが、そのような時でも、関係機関は国民に伝えるための最大限の努力を行うべきである、としている。

カナダの2度の総選挙で脅威となっていなかった偽・誤情報やデジタル影響工作が脅威となったのは、不完全な情報が報道などで拡散されることで国民と政府の信頼関係が毀損され、国民に不安と不信が広がった、という事実からもたらされた結論だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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