コラム

「世界各地で同じことが起こる?」ドイツのクーデター未遂事件が予兆する世界......

2022年12月13日(火)18時00分

ドイツでのクーデターを企てた組織で、「ハインリヒ13世」を名乗る主犯格の1人 Tilman Blasshofer/Reuters

<ゆるいネットワークでつながった陰謀論者たちが武装化して過激になってきている。過去の過激派との違いは深刻であり、従来の方法論では食い止めることのは難しい......>

ドイツのクーデター未遂事件は世界に衝撃を与えた。事件に関して、さまざまな記事や分析が公開されているが、この事件の背景について触れているものは少ないようなので紹介してみたい。この事件は大きな流れの一部であり、長い戦いになることが予想される。

事件のあらまし

2022年12月7日、ドイツでクーデターを計画したとして25人が逮捕された。捜査はドイツを中心にイタリア、オーストリアでも行われ、3,000人以上の特殊部隊、警官が動員され、130(一部報道では150)の施設が捜索された。リーダーはハインリッヒ13世という貴族。作戦の実施は元空挺隊員のリュディガー・フォン・P、AfDの元議員でベルリン地方裁判所の裁判官のビルギット・マルザック・ヴィンクマンなど、現役の軍人、元軍人、特殊部隊が含まれていた。メンバーはディープステートによってドイツが支配されていると信じており、QAnonや右翼過激派ライヒスビュルガー(帝国市民)などの陰謀論を支持していた。

今回のクーデター計画は、カール・ラウターバッハ保健相の誘拐未遂で4月に逮捕された4人の捜査の過程で見つかった。

単発の事件ではない

今回の事件は独立したものではなく、ドイツに広がる反主流派の活動のひとつと考えた方がよさそうだ。これまでのドイツ当局の動きを簡単におさらいしてみたい。

イスラム教のテロリスト対策に注力してきたドイツ当局は、極右過激派の対策も強化してきた。極右過激派が起こした事件としては、2019年の中道左派の地方政治家の殺害や、同年ドイツ東部ハレで起きたシナゴーグへの銃乱射事件などがある。

ドイツ当局の間では、軍や治安機関のメンバーの過激化に対する懸念が高まっている。過激派グループと関係のある捜査で、数人の警察官と軍人が逮捕されたこともある。2020年には、極右過激派が浸透していた特殊部隊の一部を解散した。

コロナ禍では、さまざまな政治的背景を持つ相互に無関係なグループが、国家とその制度に対する拒否感から合体し、政治的暴力を過激化した。2020年8月にはパンデミック規制に反対する一団が「Q」の横断幕を持ち、下院のあるビルに突入しようとして警察に阻まれる事件も起きた。

ドイツはアメリカに次いでQAnon信者の多い国であり、これは反ワクチンやライヒスビュルガー支持者とも重なる。ドイツのNPOであるCeMAS(Center for Monitoring, Analysis, and Strategy)はドイツ語圏でのQAnonの影響力の広がりを受けて、「Q VADIS? The Spread of QAnon in the German-Speaking World」(2022年3月31日)を公開した。拙著『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社)から関連する部分を紹介する。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story