コラム

ロシア、アゼルバイジャン、アルメニアが入り乱れるネット世論操作激戦地帯

2020年10月28日(水)18時30分

アルメニアではそれまでコロナに関する誤情報はあまり広まっていなかったが、すぐにアルメニア政府は、フェイスブックグループで誤情報が発信されているという注意喚起を行った。3月30日の時点で軍に6名の感染者は確認されていたものの、問題となった国境付近の部隊では感染はなかった。DFRLabが調べたところ、アゼルバイジャンのメディアがフェイスブックでアルメニアでのコロナの感染拡大に何度も言及しており、国境付近の部隊での感染拡大と合わせたネット世論操作である可能性がうかがわれた。

アゼルバイジャンはアルメニアを攻撃するネット世論操作を行う一方で、自国内でのネット世論操作を封じる策も講じていた。ネット上の検閲を検証しているNetBlocksは、アゼルバイジャンにおいてフェイスブック、WhatsApp、YouTube、インスタグラム、TikTok、LinkedIn、Twitter、Zoom、Skype、Messengerへのアクセスが遮断されたことを2020年9月27日に報告している。

これに先立つ2020年9月22日に、アゼルバイジャン国家安全保障局(State Security Service=SSS)は、アルメニアがSNS上でアゼルバイジャン人になりすまし、アゼルバイジャン語でフェイクニュースを流して混乱を引き起こしているという警告を告知し、当局の公式情報のみを信用するよう呼びかけた(AZERNEWS、2020年9月24日)。

bloomberg(2020年10月7日)によれば2020年9月上旬にアゼルバイジャンのインターネット・プロバイダー Delta Telecomが、YouTube、フェイスブック、インスタグラムをブロックできるアメリカのSandvine社の装置を緊急にインストールしたという。これはいざという時に自国内のネット世論操作をブロックできるように用意していたものと思われる。

ロシアは総合的な影響力を行使

この紛争でネット世論操作を仕掛けているのは、直接の当事国であるアゼルバイジャンとアルメニアだけではない。ロシアも動いている。今回の紛争における関係諸国の立場は複雑で、その説明だけでかなり長くなるので「なぜロシアが?」と気になる方はこちらの記事を参照いただくと概略がわかると思う。

アゼルバイジャンはロシア語人口が多く、およそ300万人である。アゼルバイジャン全体の人口がおよそ1千万人ということを考えると、その影響力はかなり大きい。さらにロシアはアゼルバイジャンのロシア語人口を増加させるために積極的にロシア語教育施設を作り、教育を行っている(Europe Georgia Institute、2019年8月21日)。

またそこではロシア語教育だけでなく、親ロシア化するよう誘導している。以前、ご紹介した中国の孔孔子学院のロシア版である。ロシア語人口の多さがアゼルバイジャンにおけるロシアのネット世論操作の大きな強みとなっている。ロシア語人口を背景にロシアのメディアはアゼルバイジャンに進出しており、近年ロシアのプロパガンダ媒体として有名なスプートニクにも進出した。

アゼルバイジャンでは今でもロシアを拠点とする共産社会主義政党が活動しており、国会議員となっている政治家もいる。彼らは折に触れてロシアを擁護する発言を繰り返している。

ロシアは総合的な影響力を行使し、アゼルバイジャンを自由主義諸国から離そうと試みている。ジョージアとの関係を悪化させようとしているのもそのひとつである。

DFRLabのレポートによれば、トルコからアゼルバイジャンに向かう兵器を搭載したトラックのジョージア通行を許可したという情報が流布していた。ジョージアはアゼルバイジャンとアルメニア両国の軍用品の輸送で自国内を通過することを許可していなかった。それにもかかわらず通行を許可したのは中立が疑われるということだ。しかし、根拠とあるビデオの詳細を確認すると、積載物が兵器ではない可能性は高いことがわかった。さらに、この情報をSNSで拡散した人物がロシアと関わりのある人物であることも判明した。

この他、人道支援の救援物資をアルメニアに届けるのをジョージアが妨害したなど、さまざまな誤情報を流布していることが暴露された。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏当局、ディープシークに質問へ プライバシー保護巡

ビジネス

ECB総裁、チェコ中銀の「外貨準備にビットコイン」

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story