コラム

ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る

2020年10月07日(水)17時30分

ネットでは怒りや嫌悪がより拡散する

ツイッター社の協力を得て、MITメディアラボが過去の全てのツイートを対象(アカウントが停止、削除されたツイート、削除されたツイートなどを含む全量)に分析したレポート「The spread of true and false news online」(2018年3月9日)によると、拡散しやすいのは驚きと嫌悪の感情だった。50万件のツイートを分析したニューヨーク大学の研究でも、感情的な内容はバイラルで拡散が20%高く、特に同じグループ(保守あるいはリベラル)の中で拡散しやすいことがわかった。Pew Research Centerの調査(2017年2月17日)でも批判的な投稿はそうでないものより2倍のエンゲージメントがある結果となっている。

ネット世論操作でよく用いられる批判や攻撃的な投稿は、拡散しやすい負の感情(怒り、嫌悪など)を含むことが多く、これらの条件に当てはまっている。特にMITメディアラボの研究はフェイクニュースに焦点をあてているので、ネット世論操作のツールであるフェイクニュースがいかに効果的であるかよくわかる。

逆検閲によってニュースの信頼性を考えずに利用するようにさせる

大量の情報を流布させることによって、正しい情報を埋もれさせることを「逆検閲(reverse censorship)」(The Atlantic、2018年6月26日)と呼んでおり、情報の受け手を大量の情報で混乱させる効果がある。この手法は中国の五毛党も用いている(『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』角川新書)。大量の情報があふれると、その内容を理解し、真偽の判定を行うのは難しくなる。

その結果、情報の信頼性よりも利便性(アクセスの容易さ)を優先するようになる。アメリカも日本も同じ傾向であることが調査によってわかっている。『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』(日経BP、藤代裕之他)によれば日本ではまだNHKや新聞などのニュースが信頼されているものの、ニュースアプリやSNSなどの信頼度は低いが利用されている結果となっている。

特定のニュースサイトやアプリを利用する理由で「正確な情報を知ることができるから」をあげた回答者はどの利用者層でも数パーセントに留まった(2桁だったのは50歳以上で12%のみ)。これに対して、「使いやすいから」という回答は全て区分で40%以上となり、最大で62%となった。利用に当たって「信頼」という価値よりも利便性を重視する割合が高くなっているのだ。

アメリカでも同様の傾向が見られる。Pew Research Centerの調査( 2018年9月10日)では、SNSのニュースは不正確である(SNSのニュースの嫌な点の1位で31%)と回答しながらも便利だから利用する者が多かった(21%で利用する理由の最多となっている)。

これらは最近発表された世論調査会社ギャラップとナイト財団のレポート(2020年9月28日)でも確認されている。多くのアメリカ人がネットのニュースの量(72%)と更新頻度(63%)に圧倒されており、偏りがあって事実を把握するのは難しい(43%)と感じている。そして、31%はニュースを1つか2つのメディアに絞ることで対処し、17%はニュースを見るのを止めた。

アメリカ人の多くはニュースに「多くの量」(49%)または「まあまあの量」(37%)の偏見が含まれていると回答し、79%が、報道機関が偏見を植え付けようとしていると感じていた。ニュースの量の多さと偏見が大きな問題と認識されていることがわかる。

そして、認証システムや予測捜査ツールは逆検閲のための情報を大量に生むことができる。なにしろ本人よりも言動を詳細に記録しているのだ。トランプ陣営では批判した記者を10年前のSNS投稿を引っ張り出して、不適切な投稿をしていたと攻撃した。認証システムと予測捜査ツールを用いれば、それ以上のことができる。

逆検閲は、政権への支持を維持し、敵への攻撃を容易にする。国民がメディアの情報を信じないならメディアからの批判は怖くなくなる。目障りになったら、プロキシを使ってさらに逆検閲を行えばいい。「信頼」の重要性が低いなら、敵対する勢力を攻撃したり、政権を支持したりする不正確な情報を政権に協力的なメディアやプロキシから流せばよい。ロシアがアメリカに仕掛けているネット世論操作は逆検閲の効果があるため、政権に益する効果を生む。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story