コラム

日本人が知らない、社会問題を笑い飛ばすサウジの過激番組『ターシュ・マー・ターシュ』

2021年06月02日(水)17時20分

鬱屈した国民のガス抜き、大人の事情もあったはず

こんな番組であるから、当然、保守的な宗教界は激怒し、『ターシュ・マー・ターシュ』を見てはならぬとのお触れ(ファトワー)が幾度となく出されている。また、主役の俳優らに過激組織から脅迫が届いたことも知られている。

このような『ターシュ・マー・ターシュ』がお堅い国営テレビで放送されるようになったのはサウジアラビア社会の変化とは無関係ではないだろう。鬱屈した国民のガス抜きの意味はあっただろうし、大人の事情もあったはずだ。

たとえば、『ターシュ・マー・ターシュ』放送がはじまる少しまえに湾岸危機・湾岸戦争があった。このとき、サウジアラビアを含むアラブ世界のメディアはほとんどまともな報道ができず、国民はCNNやBBCでニュースをフォローすることとなり、国営メディアの権威は失墜してしまったのである。

外国の衛星放送に対抗して、国営放送が人気を回復するためには、ある程度踏み込んだ、国民が喜ぶような内容が必要だった。

また、メディアの検閲はそれまで宗教界が重要な役割を果たしていたのが、宗教界に代わって情報省が担当することになった点も大きい。とはいえ、宗教界がまったく検閲に関与しなかったわけではない。実は『ターシュ・マー・ターシュ』のエピソードのなかにはお蔵入りになったものも数多くあるそうだ。

情報省が関与しているとなれば、当然国王などのお墨つきを得ていたはずである。実際、アブダッラー前国王は『ターシュ・マー・ターシュ』の大ファンだったといわれている。

『ターシュ・マー・ターシュ』の放送がはじまって、もう30年近くなる。

2006年には『ターシュ・マー・ターシュ』はサウジアラビア国営テレビから王族とのつながりも強い民間放送局MBCへと移動し、2011年には放送を終了している。

この間、エンターテインメント分野にかぎっていえば、サウジアラビアは大きく変貌した。石油依存体質から脱却しようとする「サウジ・ビジョン2030」というプロジェクトでは経済の多角化が主要な柱となっており、そこではエンターテインメントや観光といった、従来であれば、ほとんど無視、あるいは敵視されてきた分野に注目が集まっている。

アブドゥルハーリク・ガーニムらが切り拓いた世界がようやく陽の目をみたのである。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story