コラム

ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない

2017年05月23日(火)18時34分

英マンチェスターの爆発事件の現場近くで警戒にあたる警察官(2017年5月23日) Andrew Yates-REUTERS

<ラマダーン期間中には、毎年のように大規模なテロが発生している。今年もイスラーム国(IS)がテロを呼びかけ、日本の外務省も注意喚起を出していた最中、英マンチェスターで爆発事件があった>

※犯行声明が出たため、内容を更新しました(2017年5月24日)

カレンダーどおりだと、今年は5月27日がイスラーム暦第9月のラマダーン月開始の日にあたる。ラマダーン月は断食月と呼ばれ、この月には、ムスリム(イスラーム教徒)は夜明けから日没まで太陽の出ているあいだ、一切の飲食を絶たねばならないのはよく知られているだろう。

ラマダーンはイスラームの暦のなかで宗教的にきわめて重要な月ではあるが、イスラームの聖なる月だとする表現は誤解を招きやすい。イスラームでは「聖なる月(アシュフルルフルム)」としてムハッラム月、ラジャブ月、ズルカァダ月、ズルヒッジャ月の4つが挙げられていて、ラマダーン月は聖なる月には入っていないのである。

ちなみに、この4つの月にはあらゆる戦闘行為が禁止されている(ただし、敵が攻撃した場合には反撃が許される)。当然、ラマダーン月は、この聖なる月の範疇に入っていないので、戦闘行為は禁じられていない。

ラマダーン月は単に断食をする月ではない。他の信徒といっしょに断食をし、断食明けに食事をともにすることでムスリムとして一体感を強化し、さらに苦労を共有することで自分の宗教を再確認し、信仰心を高揚させるという効能もある。

多くのムスリムがこの時期、宗教的な感情を高ぶらせ、善行に励もうとする。メディアもそれを煽り立て、テレビではイスラームの栄光の歴史を辿る番組が目白押しになる。わたしも中東で何度かラマダーン月を経験したが、ムスリムたちがそうした大河ドラマをみるたびに、中身がそんな変わるわけでもないのに、毎度毎度ベーベー泣いているのに驚いたことがある。

また、この時期には、とくに豊かな湾岸諸国目指してイスラーム圏から物乞いが飛行機に乗って集まってくるのも有名だ。喜捨は、イスラームの義務の1つであり、ラマダーン月のように宗教心が高揚する時期には信徒の財布の紐も緩まるので、それを目当てに物乞いたちがやってくるのである。もちろん湾岸諸国も対策を立てているようだが、とにかく世界中からやってくるので、対策が追いつかないらしい。

ラマダーン中の「御稜威の夜」(ライラトゥルカドル)といわれる日は、千の月にも勝るとされる。さらに、預言者によれば、ラマダーン月には天国の扉が開かれ、地獄の扉は閉じられ、悪魔どもは鎖でつながれるという。それだけ、この期間は功徳が大きいということだろう。

「ジハードの扉を開き、その行為を後悔させてやるがよい」

ラマダーンをめぐる現象としては、物乞いが集まること以上に対策が必要なものがある。テロである。ここのところ、毎年のようにラマダーン期間中に大規模なテロが発生しており、日本の外務省も今年5月22日付けで、ラマダーン月のテロに関して注意喚起を出している

記憶に新しいところでは、昨年7月1日、つまりラマダーン月最後の金曜日にバングラデシュの首都ダッカで日本人7人を含む多数の人がテロ組織「イスラーム国(IS)」によって殺害されるという痛ましい事件が起きた(ただし、バングラデシュ当局はISの犯行を否定)。

【参考記事】ISISの「血塗られたラマダン」から世界は抜け出せるか

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story