ニュース速報
ビジネス

アングル:トランプ関税は「全方位封じ込め」、内需主導への転換急務の中国

2025年04月04日(金)15時37分

4月3日、 中国で屋外用家具メーカーを経営するジン・チャオフェンさんは、米国の関税引き上げに備えて昨年7月にベトナムに工場を設立したが、今ではこの工場を閉鎖するつもりになっている。香港で3日撮影(2025年 ロイター/Tyrone Siu)

Ellen Zhang Casey Hall

[東莞(中国広東省) 3日 ロイター] - 中国で屋外用家具メーカーを経営するジン・チャオフェンさんは、米国の関税引き上げに備えて昨年7月にベトナムに工場を設立したが、今ではこの工場を閉鎖するつもりになっている。トランプ米政権が中国ばかりかベトナムなど多くの国に高い関税を課したためだ。

「これまでの努力が全て水の泡になった」と語るジンさんは、輸出事業は需要不足に苦しむ国内市場と同じように「非常に利益の薄い」ビジネスになりそうだと不安を隠せない。

トランプ米大統領は、対米輸出が年4000億ドル強と世界最大の中国に34%の相互関税を上乗せすると発表。中国の輸出業者が貿易戦争の影響を和らげるために採ってきた2つの主要な戦略――生産の一部海外移転と米以外の市場の販売てこ入れ――の根幹が直撃を受けた。

米相互関税は世界的な需要に長期的な打撃を与える恐れある。中国は経済成長を輸出に依存しているだけに、他のどの国よりも貿易縮小のリスクが大きい。開源証券は米相互関税によって中国は対米輸出が30%、輸出全体が4.5%以上それぞれ減少し、経済成長が1.3%ポイント押し下げられる可能性があると試算した。

「これは中国に対する全方位的な封じ込めだ」と、瀧滔資産(ウォーター・ウィズダム・アセット・マネジメント)のユアン・ユウェイ氏は指摘。中国株と香港株についてはショートポジションにし、金は強気見通しだと話した。  

中国メーカーの多くはトランプ氏が昨年11月の選挙で勝利する前から東南アジアなどに生産拠点を移し始めていた。しかし相互関税の税率はベトナムが46%、タイが36%で、その他の国でも最低10%に設定された。

トランプ氏が2月と3月に対中関税を20%引き上げた際に中国メーカーの営業チームはアジア、中南米などで新たな輸出市場の獲得競争を繰り広げた。しかしこうした経済圏も相互関税の影響にさらされ、購買力が低下して中国製品の需要が減退する可能性が高まっている。

アナリストは米相互関税によって、経済成長を図りデフレを抑える中国の取り組みが頓挫しかねないと見ている。香港大学ビジネススクールのチーウー・チェン教授(ファイナンス)は「これでは5%の成長目標の達成は不可能だ。中国は今のデフレ状況からすぐには抜け出せないだろう。今回の関税引き上げは間違いなく状況を悪化させる」と悲観的だ。

中国では外需の衝撃が国内にも波及し、生産者はコスト削減圧力にさらされている。

中国で鋳鉄製バスタブ製造工場を経営するジェリー・ジャオ氏は既に「従業員の一部を解雇し、管理コストを削減しながら、さまざまな支出を抑えている」

広州にある衣料品工場の責任者、リー・ジャオロン氏も国内受注に頼る必要があるとしつつ、需要の低迷を懸念。「以前は1人で1つのケーキを食べていたが、今は5人が欲しがる状態」だという。

<貿易障壁高まるリスク>

ジェフリーズの調査によると、2023年には対中貿易が対米貿易を上回った国が約145カ国となり、2008年からほぼ50%増加した。これは中国が数十年にわたり、米国が築いた世界貿易秩序のもとで競争力ある産業を育ててきた成果だ。しかし米国は今ではこの貿易秩序を「不公平で米国の安全保障を脅かすもの」と見なしている。

中国の貿易政策顧問は「われわれは引き続き輸出市場の多様化を進めつつ、輸出を支援し、企業が国内販売にもっと注力するよう促す必要がある」と述べた上で「全世界が不況に陥るリスクは現実のものだ」と警戒感を示した。

中国にとってもう1つのリスクは貿易相手国が、中国の輸出業者が価格競争を強めていると受け止め、自国産業保護のために貿易障壁を設ける可能性が高まること。S&Pグローバルのアジア担当チーフエコノミスト、ルイ・クイーズ氏によると「これは欧州だけでなく多くの新興市場国にも当てはまる」という。

さらに中国の対外貿易てこ入れ策にとって国内要因も課題になる。多くのアナリストは、中国の輸出力は政府政策によって家計が不利な立場に置かれてきた結果でもあり、それが製造業の生産能力過剰、低調な国内消費、無駄なインフラ建設などの不均衡を招いたと指摘している。

ファゾム・コンサルティングの上級顧問のシャミク・ダー氏は「中国の重商主義は家計を金融面で抑圧し、貯蓄に対して低いリターンしか与えず、産業を優遇して安価な資金を供給する仕組みを生み出した。こうした政策は急速な経済成長を促した一方、誤った資本配分、不動産バブル、金融セクターの脆弱性も生んでしまった」と分析した。

<追加刺激策は不可避か>

アナリストは中国政府が追加の景気刺激策を打ち出すと予測し、その際には政策金利の引き下げや流動性の注入、輸出業者向けの税還付、不動産市場の支援のほか、3月の全国人民代表大会(全人代)で示された水準を超える財政赤字と国債発行が導入される可能性もあるとみている。

トニー・ブレア・グローバル・チェンジ研究所の中国専門家、ルビー・オスマン氏は、中国が先月発表した景気刺激策が控えめだったのは計算されたもので「中国政府は意図的に余力を温存した」と述べた。

中国の別の政策顧問も第2・四半期には銀行の預金準備率の引き下げや貸出金利の低減が優先され、第3・四半期により積極的な財政刺激策が打ち出される可能性があると述べた。その上で「この『プランB』なしでは中国が今年おおよそ5%の成長目標を達成するのは難しいだろう。さらに言えば、もしトランプ氏が対中関税をさらに引き上げた場合に備えて、財政省は『プランC』も準備すべきだ」と付け加えた。

しかし中国が成長とデフレのリスクを緩和する鍵は消費喚起策にあるとアナリストは見ている。中国は10年余りにわたり投資主導から消費主導経済モデルへの転換を公言。先の全人代でもこの方針が強調されたが、具体的な構造改革の道筋は示されなかった。

世界的な貿易の混乱で内需型経済への転換は一段と差し迫った課題になっているが、その困難さを考えると大規模な構造改革への期待は薄いというのがアナリストの見立てだ。

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットのアジア担当主席エコノミストでグローバル貿易担当責任者のニック・マロ氏は「中国政府は外需の衝撃に備えて国内需要を促す取り組みを倍加させるだろう。しかしできることには限界がある」と懐疑的だ。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-米議会襲撃事件、FBI関与疑惑を調査=情報機

ビジネス

中国人民元基準値、19カ月ぶり元安水準 6日連続で

ビジネス

日銀審議委員に増・元三菱商常務、中村委員の後任 政

ワールド

米造船業復活へ大統領令、トランプ氏が署名 中国念頭
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 3
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた考古学者が「証拠」とみなす「見事な遺物」とは?
  • 4
    【クイズ】ペットとして、日本で1番人気の「犬種」は…
  • 5
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 6
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    毛が「紫色」に染まった子犬...救出後に明かされたあ…
  • 9
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 10
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 1
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 7
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 8
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 9
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 10
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描か…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中