コラム

新型コロナのパンデミックが実際以上に危険視される理由

2020年03月03日(火)17時25分

民主党のサンダース候補を応援する若者たちもマスク姿に BRIAN BLANCO/GETTY IMAGES

<恐怖心が理性を圧倒するのが人間の本質。それゆえ世界中の人々がパンデミックを実際以上に危険視するのは確実だ。危機に対する不合理な、ほとんど制御不能な社会と政府の反応は繰り返されてきたが、それには認知心理学的な説明が付く>

恐怖はほとんどの場合、迫り来る危険よりもたちが悪い。恐怖心が理性を圧倒するのが、人間の本質だからだ。

0310-thumb-240xauto-186531.jpgそれを考えれば、世界中の人々が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)を実際以上に危険視することはほぼ確実だ。そして世界中の専門家や政府当局者は真のリスクを大急ぎで把握しようとしているが、政府の対応がパンデミックをもっと悪化させる可能性はかなり高い。

私はイスラム過激派との「テロとの戦い」の時期に、危機に対する不合理な、ほとんど制御不能な社会と政府の反応を目の当たりにした経験がある。

2001年9月11日の米同時多発テロに対し、知識人と政府当局者を含むアメリカ人が感じた恐怖と怒りはすさまじいものだった。

当時、情報機関の一部の人間は次のような警告を発した。アルカイダは取るに足りない小グループであり、大きな脅威ではない。イラクのサダム・フセイン政権とは何の関係もない。世界に18億人いるイスラム教徒のほとんどはテロリストではない。

さらに外国出身のテロリストに殺される危険性よりも、スズメバチや犬に殺される確率のほうが65倍高いとも指摘した。

だが社会と指導者が抱く恐怖心の前では、事実はほとんど無力だった。9.11テロはその後20年間、アメリカの外交だけでなく内政も大きく左右し続け、4兆ドルの資金と数十万人の命を犠牲にした。

恐怖が事実を圧倒するのは、人間が2つの方法で情報に反応するからだ。

まず、人間は生き延びるために、新しい情報に対して感情優先の本能的反応を返すように進化してきた。さらに私たちは、最も強力な感情的記憶や認識に基づいて判断を下す。そのため認識した危険を実際以上に過大評価するのだ。この思考プロセスを、ノーベル賞受賞者の認知心理学者ダニエル・カーネマンは「速い思考」と呼ぶ。

第2の方法は、カーネマンの言う「遅い思考」――事実を探求し、客観的な確率を出そうとする理性の働きだが、一般に感情は事実より強力だ。そのため人間は「速い思考」に基づき問題を判断しようとする。

今のアメリカでは、存在を許される事実は大統領にとって都合のいいものだけだ。2月25日の報道によれば、米疾病対策センター傘下の国立予防接種・呼吸器系疾患センターのナンシー・メッソニエ所長は、「今はもう(感染拡大が)起きるかどうかよりも、いつ起きるかの問題だ」と語った。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story