鉄の女サッチャーとは程遠い、氷の首相メイの罪と罰
しかし彼女の行動は真の「指導者」にふさわしいものではなかった。一国の指導者たる者は、とりわけ危機的な状況で政策や法制などの複雑な問題の判断を迫られたとき、民意に引きずられてはならない。
国民投票のような直接民主主義で効果的な統治はできない。国民は互いに相いれない主張や願望を星の数ほども掲げるのみで、直面する問題の全容や個々の政策に関する決定の複雑な部分までは理解できない。
ところがメイ首相は、国民投票で示された民意を実行するだけの技術者と化している。船長が進むべき方角を指し示せないようでは、イギリスという船は漂うのみ。残された選択肢は少なく、どれを取っても国の、そして民主主義の衰退につながるだろう。
18世紀のフランスの思想家モンテスキューは、原則重視も度が過ぎれば失政につながると教えてくれた。アメリカ屈指の偉大な大統領だったエイブラハム・リンカーンは、個々の法律や原則を守るために国全体が滅びることがあってはならないと言った。
保守主義、とりわけイギリス的保守主義の伝統にも学ぶべき教訓がある。約250年前、保守主義の偉大な思想家であったエドマンド・バークは、選挙で選ばれた人物が単に多数意見を実現するためだけに行動すれば国民の信頼と自らの責務を裏切ることになると警告している。
「諸君(国民)を代表する人物には、勤勉さだけでなく判断力が求められる」。バークはそう言っている。「もしも彼があなた方の意見のために自分の判断を曲げることがあれば、彼はあなた方のために働いたのではなく、あなた方を裏切ったことになる」
管理者ではなく指導者たれ
つまりこういうことだ。メイは投票で示された民意を実行することが民主主義の原則に従うことだと信じているが、それこそが彼女の目指す民主主義の凋落を招き、国民の意思を裏切ることになるのだ。
今のイギリスはブレグジットをめぐって真っ二つに、絶望的なほどに分断されている。極めて難しい状態だ。この状況に、メイの官僚的な冷静さはふさわしくない。惨敗必至と思われるなら、指導者はゲームのルールを変えなければならない。
彼女はイギリスのEU残留を強く主張すべきだった。国民に対して、自分は国民の一貫性がなく自滅型の衝動を統括するのではなく、公共の利益のために自らの決断力と指導力を行使すると告げるべきだった。そしてEU離脱の是非をめぐる2度目の国民投票の実施を呼び掛けるべきだった。
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