コラム

「プーチンさんを悪く言わないで!」という「陰謀論」動画の正体

2022年03月09日(水)18時56分

人工生命体をDSおよびその影響下にある既存の大メディア、仮想現実をDSの洗脳が見せている世界、真実の世界をネットの動画や情報、に置き換えれば、彼らの世界観はそのまま映画『マトリックス』の筋書きと瓜二つだからだ。

しかし今次ウクライナ侵攻が、核恫喝を伴う余りにも大きなショックを世界に引き起こしたために、残念ながら前掲した2本の動画を引用している人々は、完全にイデオロギー的に右なのか、と言えば果たしてそうではないのである。実はこの動画2本の引用者の中には、ウクライナ侵攻以前の時点では、おそらくネット保守とは正反対の政治的思考を持った人々がかなりの数いることを私は記さなければならない。

真実は巨大な何かによって遮蔽されており、真実を知るためにその洗脳から抜け出さなればならない―、という発想は、根本的な常識や基礎教養が無い人々にあっという間に伝播しやすい。仮に応分の知識がなくとも、こうした陰謀論が如何に矛盾しているか、動物的直観で分かるはずである。

DSというものが仮にあり、そこにネオコンやユダヤ系が付随して、人々を操っているのだとすれば、何故そんな強力な権力を持ったDSは、わざわざ相手方(プーチンやヒトラーなど)に、戦争を起こさせるように仕向ける―、という面倒な思慮遠謀を張り巡らさなければならないのだろうか。そんなに強い力があるのなら、顕名して正面攻撃をすればよいのではないか。

あるいはDSは、そもそもなぜ巨大な「彼らにしてみれば正当な」計画を有しているのにコソコソと隠れなくてはならないのだろうか。なぜその存在を秘匿する必要があるのだろうか。DSの主要構成者であると勝手に妄想されているユダヤ系の人々は、世界各地にユダヤ人協会等というのを造り、公式サイトもある。DSもデラウェアやシカゴに本拠地を置き、堂々と自説の正しさを主張した方が、DSにとってもより多くの支持が集まり都合が良いのではないか。

こういった理屈は、知識がなくとも直感で分かろう。しかし、世の中にはこういった動物的直感が鈍磨している人々が一定数居る。それはたぶん、どこの国にも居る。たまたま日本ではそれが右傾的なところに多かった、というだけで極本質的には政治的イデオロギーとはあまり関係がないのかもしれない。

陰謀論は、そういった人々の鈍磨の間隙に周到に入り込んでくる。世界に対し言葉にはできないが奇妙な違和感を抱えている、という感覚は突き詰めればあらゆる人が抱く感情かもしれない。しかしこれをもっと突き詰めると、「世界は複雑であり、一言で説明することができない」という複雑性から逃避しているだけにすぎない。何故逃避しているのかと言えば、世界の理解に必要な最低限度の知識が無いからである。何故知識がないのかと言えば、ある程度の読書習慣や情報リテラシーが少ないか絶無だからである。だからボタンひとつで再生できる動画に飛びつくのである

笑える陰謀論、笑えない陰謀論

かつてグラハム・ハンコックは、『神々の指紋』の中で、エジプトの三大ピラミッドはオリオン座の三ッ星の模倣であり、さすれば三大ピラミッドはその模倣から計算すると、約1万2千年前の超古代文明の人々が造ったのだと推定して、この本は世界的に大ベストセラーになった。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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