コラム

高市早苗氏の政策・世界観を分析する──「保守」か「右翼」か

2021年09月10日(金)11時59分


「年越し派遣村」騒動を契機に、健康な若者の生活保護申請を促進する空気を醸成していました。当時、私の故郷である奈良県では、派遣契約延長が叶わなかった労働者の為に、早々に県の臨時職員ポストや数十戸の県営住宅を用意していましたが、応募者は殆ど無かったそうです。

私自身も、中小規模の事業者から「3交替制で早朝勤務があるので、日本人の若者が来てくれない」、「地場農産物を加工した特産品を作りたいが、農作業の人手が不足しているので、量産が困難だ」といった相談を受けて、失業中の若者たちに就労を勧めたのですが、「早起きは無理」「週休2日でないから嫌だ」と断られる始末でした。(中略)他方、ご高齢の方々の中には、「生活保護を受けるのは恥ずかしい」「福祉を利用しては、世間様に申し訳ない」という矜持や遠慮から、我慢をし過ぎて命を落としてしまわれるケースもあり、その報道に涙することも度々です。(「美しく強い日本」へ②:自立と勤勉の倫理,2012年8月18日)

つまり上記文章を要約すれば、「若者は辛い仕事であれば就職口があるにもかかわらず、わがままを言ってそういった仕事を禁忌し、生活保護に安易に頼っている」という事である。生活保護受給は国民の権利であり、上記文末尾にある"「生活保護を受けるのは恥ずかしい」「福祉を利用しては、世間様に申し訳ない」という矜持や遠慮"という、本来生活保護の被受給者側にある"忖度"こそ行政は積極的に是正していくべきではないのか。だからいつまでも捕捉率は低いままなのである。生活保護支給は、憲法に保障された国民の生存権維持のために「国家がなすべき義務」であり、その受給にあって何も恥じることは無い。これを遠慮することが「自立と勤勉の理論」と言われれば「それは強者の理屈である」としか言いようがない。

また高市氏が「健康な若者が生活保護申請をする甘え」の具体例として出している、「(奈良)県の臨時職員ポストや数十戸の県営住宅を用意していましたが、応募者は殆ど無かった」という伝聞も、単に自治体のアナウンスが足りなかっただけの可能性もある。若者と高齢者を「世間様」に対する申し訳なさ度合いで比べている事にも、そもそも世代蔑視があるのかもしれない。ともあれ、こういった「自助」を強く打ち出す高市氏の世界観は、実は自らの唱える「サナエノミクス」と本質的には衝突するところではないか。「精神的甘えの放逐」で若者の貧困が解消されるなら、PB規律を全凍結してまで積極的な財政政策をする必要はない。

高市氏はアベノミクスを自説で援用する際「ニュー・アベノミクス」とし、更に『文藝春秋』で「サナエノミクス」と説いた。2.(経済)の部分で現在保守界隈で主流の「表現者グループ」を代表としたPB規律凍結の積極財政派と、傍流のリフレ派が居て、高市氏の政策はその両者の中間的側面があると書いたが、これを読むとどちらかと言えば新自由主義的で富裕層からの再分配を軽視しがちな素地があるとも読める。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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