コラム

アイヌ差別表現問題──日本人は他民族を侵略・加害していない、という観念が背景に

2021年03月19日(金)17時00分

日本人は中世から、北海道の南端'(現在の函館や渡島)を中心に進出を広め、幕藩体制期には何度か幕府は北方警備(対ロシア)の観点から北海道全土を直轄地とし、明治国家に至っては蝦夷を北海道と改名して完全に併合した。

その過程で、日本人によるアイヌへの過酷な弾圧や松前藩との戦争、アイヌの人権を無視した同化政策が徹底されたことは、史実でありながら当の北海道民自体をして全く認識されていない。このような侵略・加害の事実の共有が北海道民ならず、日本人全体に希薄なことが、今次日本テレビにおけるアイヌ問題表現の遠因にあるのは間違いないことであろう>>日本史におけるアイヌ認識はYAHOOニュース個人における拙稿を参照されたい。

跋扈する「日本人は加害者では無かった」論

21世紀に入ると、日本の歴史修正主義者や保守派、またそれにぶら下がるネット右翼は、日本民族無謬説、つまり日本人は歴史的に紳士的であり、正義であり、他民族を侵略したり差別していない、という間違った日本史観を吹聴し、それが跋扈しだした。それは最初、1910年に併合した日韓併合を「あれは植民地支配ではなく単なる内国化である」とした、「韓国は日本の植民地では無かった」論であり、これが大手を振って歩きだした。

彼らは、日韓併合は朝鮮側が望んだものであり、合法的であるから植民地支配したのではなく、本土と同様に扱った内国化に過ぎないのだ。結果、日本が朝鮮を統治するやインフラが劇的に整備され、朝鮮経営は赤字で本国からの持ち出しが多く、また人口も増大したので、日本は統治時代に韓国に善政をやった。だからあれは植民地「支配」でも「加害」でも「侵略」でもなかった――、という理屈が大手を振って現在でも出回っている。

しかしこれは完全な詭弁であり嘘である。同時期にフランスはアルジェリアを併合し、フランスと同等の県を設置して法的には差異のない内国化を図り、インフラを格段に整備したが、現在のアルジェリア人でフランス併合を「植民地支配では無かった」という人はいない。イギリス帝国のマレー支配も、イラクや中東支配も、本国からの持ち出し大で赤字経営だったが、現地人はそれを「植民地支配では無かった」とは思っていない。アメリカは20世紀以降、フィリピン支配に莫大な投資をして鉄道、病院、学校、電信電話、教会や、部分的民主主義まで導入したが、フィリピンはやはりアメリカの植民地であった。

事程左様に、21世紀初頭から勃興しだした、日本の歴史修正主義者や保守派、またそれにぶら下がるネット右翼は、自国による侵略を「それは植民地支配ではない」と否定し、日本人は善人であり、日本人の歴史的加害性をなかったことにする傾向が極めて強い。現地のインフラが向上したとか、学校を建設したとか、人口が増えたとか、統治コストが赤字だったのだというのは結果論であって、それは現地の人々が望んだことではない。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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