コラム

悪意を撒き散らすひろゆき発言への危機感

2022年10月31日(月)15時46分

ひろゆき発言は、沖縄の基地反対運動も「座り込みか否か」の問題に矮小化した Issei Kato-REUTERS

<世の中には、マイノリティからの告発や、人権問題は社会全体の責任で解決すべきであるという「正論」から自由になりたい者が存在する>

10月17日、ネット掲示板「2ちゃんねる(現在は5ちゃんねる)」創設者で、実業家かつコメンテーターのひろゆきが、日本の医療費が逼迫していることを理由に「『寝たきり老人の胃ろうに保険適用しません。飯が食えない老人は自費で生き残るか諦めてください』と言える政治家が必要になります。」とTwitterで述べ、物議を醸した。ひろゆき氏は近年、若年層にも人気があるというが、このような反人権的な発言が「正論」として世の中に受け入れられていく状況には危機感を持っている。

胃ろうの是非は経済問題ではない

口で食事をすることが難しくなってしまった人に、胃に管を通して栄養を補給する胃ろうは、しばしば論議の的となる治療方法だ。延命治療に胃ろうが用いられることにより、かえって患者や家族の苦しみを増すケースもある。一方で、高齢者であっても胃ろうによって再び一定の社会生活が行うことができるようになる場合や、延命治療であっても患者や家族の納得がいく看取りにつながるケースもある。一概にその是非は判断できない。

延命治療については患者とその家族との綿密なコミュニケーションによって決定されるべきであり、制度がそれを阻害しているなら改善するのは当然だろう。しかしひろゆき氏の主張に基づけば、胃ろうという選択肢は、真に考えたうえでそれを必要とする患者にではなく、「自費で生き残る」ことができる富裕層にのみ与えるべきとされる。どんな状況でも胃ろうを行うのが正しいという思考が患者本位ではないとしても、経済状況によって治療に格差付けようとするひろゆき氏の議論も同様に患者本位ではない。

非人道的な「自己責任」論の系譜

今回のひろゆき氏の発言は、ネット番組での福祉国家をめぐる議論を直接のきっかけとして生じているが、彼は2020年にも同様の発言をしており、ひろゆき氏の持論といってもよいだろう。医療費の逼迫を背景とした患者の切り捨て論としては、2016年、元フジテレビアナウンサーの長谷川豊が「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」というタイトルのブログ記事を書き、問題となって全番組を降板したことが記憶に新しい。

また、「自己責任」論に基づき弱者を切り捨てる論としては、昨年メンタリストのDaiGoが自身のYouTube上で、「ホームレスの命はどうでもいい」と発言し、炎上した事件がある。DaiGoの炎上については本コラムでも書いたように、ひろゆき氏はこの件ではDaiGo批判の立場を取っていた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マレーシア第1四半期GDP速報値、前年比+4.4%

ビジネス

独企業、3割が今年の人員削減を予定=経済研究所調査

ビジネス

国内債券、超長期中心に3000億円増 利上げ1―2

ビジネス

イーライ・リリーの経口減量薬、オゼンピックと同等の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?
  • 4
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 5
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 6
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 7
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    関税を擁護していたくせに...トランプの太鼓持ち・米…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story