コラム

ドラマ『新聞記者』で感じる日本政治へのストレス

2022年01月25日(火)18時13分

この意味で、『新聞記者』のドラマは、むしろ映画『ドント・ルック・アップ』(2021)やドキュメンタリー映画『コレクティブ 国家の嘘』(2019)と比較されるべきだろう。『ドント・ルック・アップ』は地球を滅ぼす巨大な隕石が接近しているにもかかわらず、隕石を利用して富を得ようとする金持ちや政治家の意向でまともな対応をしてもらえない......というストーリーで、現在のコロナ危機あるいは環境危機に対してなお資本主義を優先する政治を一種のコメディとして描いている。鑑賞したあとは笑いとともにやるせなさが襲ってくる映画だ。

『コレクティブ 国家の嘘』は、以前の記事で取り上げたので詳しい説明は割愛するが、ルーマニアの医療汚職事件を扱っている。若い大臣が改革に取り組むが、選挙で勝利したのは結局は腐敗した利権勢力であった。

日本の市民社会にない成功体験

『新聞記者』も含めこうした作品は、危機や不正が目の前にあるのに、それを隠蔽しようとする力には何をやっても勝てないという悲愴感に満ちている。これは、結末が悲劇的に終わっているからそう感じるのではない。この状況を改善するための活路がさっぱり見出せないところに絶望を感じるのだ。

韓国映画『タクシー運転手』(2017)では、主人公らは光州事件の虐殺を撮影することに成功するが、少なくとも韓国国内では虐殺は政府よって隠蔽される。しかしその映画をみる我々は、光州事件の虐殺が世界中に報道され、民主化後の現在の韓国では、事件を歪曲したり擁護したりすることが法によって禁じられるまでに至ったことを知っている。だから、この映画には希望がある。映画中で起こった様々な悲劇を(もちろん個々のエピソード自体はフィクションだとしても)、我々は現実中で意味付けることができる。不正義は後で正されることを知っているからこそ、登場人物たちの生は報われると感じることができるのだ。

だが、『新聞記者』はこうした成功体験のモデルを持たない。昨年11月の選挙では森友問題の当事者でもある維新の会が躍進した。ドラマの最後で希望と共に始まる自殺した公務員をめぐる裁判は、現実の世界では2021年12月、国が遺族の要求を認諾するというかたちで結審した。政府は1億円を遺族に支払うことと引き換えに、あらゆる事実を闇の中に葬ることを決めたのだった。

政治的効果は直ちには期待できないが

日本の映画やドラマは、特に近年は、他国に比べ極端ともいえるレベルでアクチュアルな政治問題を描くことを避けてきた。その意味で現在の政府にとって明白に都合が悪いと思われる政治腐敗をここまで直接的に描いた創作が、Netflixという外国資本とはいえ大手の製作で、日本人主体でつくられたことは画期的だといってもよい。しかし、このような創作がつくられたからといって、直ちに現実の政治の中に存在する腐敗を正す契機になるかといえば、悲観的になってしまう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story