コラム

宇宙飛行士にして医学者、古川聡さんに聞いた「地球生活で活かせる宇宙の知見」と「『医師が宇宙飛行士』の利点」

2024年12月03日(火)17時10分

──月や火星の探査時代になると、地球に戻って治療するのが難しいだけでなく、通信で地上にいる宇宙航空専門医に相談する時間もない状況に陥るかもしれませんね。月・惑星探査時代の宇宙臨床医学について、もう少し詳しく教えて下さい。

古川 究極の遠隔地で、遠距離になると通信にも遅れが生じますので、現場で判断して治療しなければなりません。たとえば宇宙飛行士のサバイバル訓練には、医師がスタッフとして、使う頻度が高そうな医療用品をバックパックに詰めて同行してくれます。現場に医務室を持っていくような感じですね。

惑星探査時代は、その延長線上のようにして、おそらく「ここまでは現場で対処する」っていうラインを決めて、宇宙現場用の医療機器を持っていくのではないかと思います。おっしゃるように、地上に聞いてる暇がないという状況にもなるので、自分たちで判断して使うことになるのではないでしょうか。

だから、宇宙飛行士に対する医療処置の訓練も重要になります。なので、月の場合はわかりませんが、火星を目指すときには、クルーの中にはきっと医師が入るのではないかと個人的には思っています。それが日本人になるのかはわかりませんが。

──そのような時代まで長くご活躍をして、ぜひ古川さんがいらっしゃってください。

古川 (笑顔で)そうですね、高齢になりますと放射線を浴びても影響がほとんどなくなるというのは強みになりますので。

newsweekjp_20241128055708.jpg

東大安田講堂で行われた一般向けのミッション報告会で、参加者からの質問を真剣な表情で聞く古川さん(6月23日) 筆者撮影

日本の宇宙飛行士の宇宙活動は現在ISSを中心に行われており、古川さんから来年2月に出発予定の大西さんに引き継がれます。

古川さんのミッション報告会に寄せたビデオメッセージで、大西さんは「事務所では古川さんの部屋が隣で、僕の部屋が奥にあるのでどこに行くにも古川さんの前を通る。古川さんがいると、つい色々と聞いてしまう」と話し始めました。

「面倒見が良いので、何を聞いてもすごく丁寧に教えてくれる。さらに、後から思い出したことがあれば、メールで補足までしてくれる。訓練に関して、自分用の勉強資料を作っていらっしゃるのだけれど、それを惜しみなくメールで送ってくれる。とても後輩思いの先輩で色々と教えていただいたので、その知見を受け継いで我々も頑張りたい」

大西さんの同期で、ヒューストンで訓練を続ける油井さんも、「ISSでのミッションを見て、本当に誠実に丁寧に仕事をされていたので見習いたい。古川さんは(宇宙での仕事に臨むときに)すごく準備をしたので『宇宙でしか見つけられないもの』を見つけられたのだと思う」と語っています。

<後編に続く:古川聡さんに聞いた宇宙生活のリアル...命を仲間に預ける環境で学んだ「人を信じること」の真価

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story