コラム

宇宙飛行士にして医学者、古川聡さんに聞いた「地球生活で活かせる宇宙の知見」と「『医師が宇宙飛行士』の利点」

2024年12月03日(火)17時10分

「宇宙での体験を自分の言葉で人類に伝える」ことは、宇宙飛行士に求められる重要な資質です。

筆者が「古川さんはJAXA宇宙飛行士の中でもユニークで、とりわけ大学の先生みたいだ」と感じる点の1つに、「データや先行研究で得られた根拠を多用しながら、宇宙での体験を一般の人に対してもできる限り科学的に正確に伝えようとすること」があります。

たとえば、古川さんはISS滞在中や帰還後のリハビリでの身体変化について、自身のX(旧ツイッター)で克明に発信しています。「JAXAシンポジウム2024」の中では、宇宙で身体測定した経験をこのように語りました。

宇宙で身体がどう変化したか、サイズを測って比べました。ふくらはぎが2センチほど細くなって、ふとももは2〜3センチ細くなり、ウエストは5センチ以上細くなりました。上腕は変わりませんでした。体液が下から上にシフトするためと言われています。身長も測ったところ、1センチほど伸びていました。背骨の間の椎間板が押されていたのが伸びるためと言われています。

宇宙から帰還後、6月に日本で帰国記者会見を開いたときには「着水して船上に回収され、ハッチが開いたときには、頭を動かさないようにした」と語りました。わざわざ「頭を動かさないように」という言葉を強調していたため、筆者が「着水時に衝撃があったのですか」と尋ねたところ、

着水時の衝撃とは直接関係ありません。長時間、無重力で生活していたので、耳の奥にある内耳(バランスを司る器官)が無重力に完全に適応しています。その状態で地上の重力環境に帰ってきたことによる影響です。

頭を動かさないようにというのは、前回の飛行の時の経験からきています。カザフスタンの着陸地に当時のJAXAの副理事長がお迎えに来てくださいました。予備知識がない状態で、「副理事長ありがとうございます」と頭を下げてお礼をした瞬間、ウッと気持ち悪くなって「首を動かしたらいけないんだ」ということに気づきました。副理事長が「いいから君はふんぞり返っていなさい」とおっしゃったので、「申し訳ありません」と頭を静かにしていくと楽になりました。

その知識があったので、今回も「頭を動かしてはいけない」というのがあって、宇宙飛行の仲間にも伝えました。「とくにピッチ方向(首を上下させる方向)に動かすと気持ち悪くなるよ」と話していて、彼らも注意してくれたようで、それがうまく働いたようです。

と話してくれました。宇宙滞在経験のない私たちにも「宇宙の科学」を意識させてくれる古川さんらしい回答だなと思いました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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