コラム

4秒×1万回で11時間の睡眠を確保...ヒゲペンギン「超細切れ睡眠法」採用の切実な理由

2024年01月09日(火)16時20分

今回の研究は、リヨン神経科学研究センターのポール=アントワーヌ・リブーレル氏らが19年12月上旬に南極キングジョージ島のコロニーで行ったものです。研究者たちは、卵を温めていた14羽のヒゲペンギンの托卵時間や睡眠状況などを様々な機器を使って調査しました。

たとえば、電極を埋めて脳波や首の筋肉からの筋電図を記録したり、加速度計とGPSを使って体の動きや姿勢、位置を測定したりしました。さらに、ビデオ録画によってヒゲペンギンたちの様子を直接観察し、その他の機器による観測データと組み合わせました。その結果、対象のヒゲペンギンたちは22.06±14.72時間(範囲:5.52~64.3時間)で抱卵役と海での採餌役を交代していることが分かりました。

次に、睡眠状況について調査が行われました。ペンギンを含む鳥類は、ヒトと同じくレム睡眠とノンレム睡眠を行います。レム睡眠は身体が休んでいて脳が活動している状態、ノンレム睡眠は脳が休んでいて身体は一定の緊張を保っている状態です。

レム睡眠の時のペンギンは、両目をつむり、頭部は脱力し、脳波は覚醒時に似ているという特徴を持つため、カメラの画面に入らないと覚醒しているのか睡眠しているのかは区別することは困難でした。

そこで研究チームは、鳥類の主な睡眠タイプである徐波睡眠に焦点を当てました。徐波睡眠とは、ノンレム睡眠を4段階の深さに分類した際に深いほうの2段階を示す言葉で、深睡眠とも呼ばれます。

機器測定と画像分析の結果、巣にいるペンギンたちは寝そべっている時も立っている時も徐波睡眠の状態を示し、平均3.91秒の「マイクロスリープ(超短時間睡眠)」を1日に1万回以上繰り返していました。

「寝るときは集団の中央ほど安心」というけれど

さらに、捕食者(ナンキョクオオトウゾクカモメ)の存在がヒゲペンギンの睡眠に及ぼす影響を調査するために、コロニーの中心(境界から2メートル以上離れたところ)に巣を作っている鳥と、コロニーの境界でトウゾクカモメにさらされて巣を作っている鳥の睡眠を比較しました。

動物は、集団で寝ることで捕食者の餌食になるリスクを薄めることができます。その際、集団の中央にいる動物は捕食者から最も遠い位置になるため、最大の恩恵を得られると考えられます。

実際、マガモについて調べた先行研究では「仲間に囲まれているときは安全なので両目を閉じ、両方の大脳半球を休ませて眠る。集団の端にいるときは片方の目を開けて、片半球的な睡眠になる可能性が高い」ことが示唆されました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story