コラム

4秒×1万回で11時間の睡眠を確保...ヒゲペンギン「超細切れ睡眠法」採用の切実な理由

2024年01月09日(火)16時20分
ヒゲペンギン

「睡眠」をとるヒゲペンギン Mogens Trolle-Shutterstock

<ヒゲペンギンが南極で警戒するのは厳しい寒さ、卵やヒナを狙う捕食者だけではない。1日に「マイクロスリープ」を1万回以上行う理由とは?>

日本は他国と比べて国民の平均睡眠時間が短いことで知られています。年末年始の休みに寝溜めをして、やっと日頃の睡眠不足を解消した人も多いかもしれません。

経済協力開発機構(OECD)が2021年に行った調査によると、日本の平均睡眠時間(7時間22分)は先進国を中心とした33カ国の中でもっとも短く、アメリカとは89分、中国とは100分の差がありました。

現代人は通常、1日に1回、夜間に6~9時間程度のまとまった睡眠を取ります。一方、多くの動物は1日に複数回の睡眠を取ります。たとえば、成犬は1日におよそ12~15時間眠りますが、夜間の8時間を観察したら、睡眠16分、覚醒5分の21分周期が23回繰り返されていたという調査報告があります。

睡眠時間の長さは、食性や体の大きさに関連していると考えられています。草食の場合は肉食と比べて1回に摂取できるカロリーが少ないので、頻繁に食べなければなりません。さらに、被食者は捕食者の気配を察知して逃げなければならないため、ゆっくりと熟睡する余裕はありません。また、体が小さい場合は、体温を維持するためにこまめに食べる必要があります。

フランスのリヨン神経科学研究センターやドイツのマックス・プランク研究所などが参加する国際研究チームは、「南極のヒゲペンギンは、1日に平均4秒の超短時間睡眠を1万回行うことで必要睡眠時間である11時間を達成している可能性がある」と発表しました。研究成果はアメリカの科学学術総合誌「Science」に23年11月30日付で掲載されました。

ヒゲペンギンは、なぜヒトとはまったく異なる「超細切れ睡眠法」を採用しているのでしょうか。研究を概観しましょう。

ゆっくり眠っていられない理由

ヒゲペンギンは体長が約70~75センチ、体重が4~7キロほどの中型のペンギンで、南極大陸や周辺の島々などに生息しています。目の後ろから喉にかけて、ヒゲのような黒い模様があるのが名前の由来です。ペンギンの仲間の中ではもっとも生息数が多く、約800万羽のつがいがいると見積もられています。

ヒゲペンギンにとって南極の環境が過酷であることは、厳寒のせいだけではありません。

ペンギンのカップルは陸上のコロニー(繁殖地)に集まり、それぞれが営巣します。片方の親は餌を採りに海まで出かけ、もう片方は卵やヒナを守るために巣で過ごします。餌採り係と巣を守る係は、交代しながらオス、メスとも行います。

採餌係はなるべく早く巣に帰らなくてはなりません。また、巣の周りには、卵やヒナを狙うナンキョクオオトウゾクカモメがいるだけでなく、巣の材料を盗もうとするヒゲペンギンの仲間もいます。つまり、常に警戒していなければならないため、ゆっくりとは眠っていられません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story