コラム

マウスとの比較で分かった、イモリの腱が「完全に再生」する理由 ヒトの医療に応用されたら何が可能に?

2023年11月20日(月)14時15分

イモリとマウスに共通する腱である「後ろ足の中指の屈筋腱(中趾屈筋腱)」を実験対象とし、切断する手術を行いました。イモリでは部分切断を10匹、完全切断を10匹に実施し、マウスでは完全切断を10匹に対して行いました。

次に、それぞれの状態の動物から6週間または12週間経過後に5匹ずつ、再生された腱を回収し、強度や組織状態を観察しました。対照実験としてイモリ、マウスともに同じ部位の健常腱も5匹分ずつ検査しました。

その結果、イモリとマウスの健常腱同士を比べると、強度や弾性度はほぼ同じでした。

切断手術後の腱を調べると、イモリでは術後6週で切断された腱が再生組織(腱に類似した新しい組織)によってつながり、術後12週には完全切断した腱でも健常腱と同等の強度や弾性度を示しました。つまり、腱の損傷から約3カ月でイモリの腱は完全に再生されたと言えます。

一方、マウスでは術後、治癒組織(腱とは異なる組織)が切断された腱全体を包むように形成され、術後12週経ってもその強度は健常腱と比べて低いままでした。

さらに、それぞれの動物の健常腱と再生組織および治癒組織の差異を調べるために、透過型電子顕微鏡で観察しました。

イモリの健常腱は、直径約45ナノメートルのコラーゲン原線維によって構成されており、再生した腱も同様の構造を持っていました。一方、マウスの健常腱は、直径約30ナノメートルと150ナノメートルの2種類のコラーゲン原線維で構成されていますが、治癒組織は直径約45ナノメートルのコラーゲン原線維のみで構成されていました。

つまり、イモリは健常腱と同じサイズの材料(コラーゲン原線維)を使って再生腱を形成するのに対して、マウスは異なるサイズの材料で治癒組織を作っており、これがマウスでは健常腱の再生に至らない理由であると分かりました。イモリの再生成功の秘訣は、もともと材料が1サイズだけというシンプルな構造であることも関係していそうです。

従来の実験との違い

イモリは、類(たぐい)まれな再生能力から、これまでも数多くの研究が行われてきました。もっとも、大半は心臓、目、脳、四肢などを欠損させた、大規模な再生実験でした。対して今回の研究は、ヒトでもケガが頻発し不完全な治癒に悩まされる腱という小規模な組織の再生に光を当ることで、ヒトの医療に応用するヒントを得ようとしているところに意義があります。

現在、ヒトの腱や類似した構造を持つ靭帯の損傷に対しては、縫合や再建手術、多血小板血漿(PRP)療法などの処置が採られます。最新の治療法としては、自分の脂肪由来幹細胞を用いて、患部に局所注射して再生を促すものもあります。

けれど、いずれの方法でもアスリートであれば競技復帰までには少なくとも数カ月を要し、腱が元の強度を取り戻せなかったり、損傷が再発したりするリスクは無視できません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然

ビジネス

米連邦地裁、マスク氏の棄却請求退ける ツイッター株

ビジネス

中国国営メディアがパナマ港湾売却非難を一時投稿、ハ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 10
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story