コラム

マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

2023年09月22日(金)21時10分

さらに、実験終了後にマウス体内のどこにマイクロプラスチックが蓄積されていたかを検査をすると、脳・肝臓・腎臓・消化管・心臓・脾臓・肺など、検査対象だったあらゆる組織と、尿や糞からマイクロプラスチックが見つかりました。消化器以外の組織からも検出されたことは、マウス体内に入ったマイクロプラスチックが血流に乗って全身を循環したことを示唆しています。

とりわけ、脳には血液脳関門と呼ばれるバリアがあり、異物が入り込まない構造になっていますが、マイクロプラスチックは関門を突破して脳にも蓄積していました。脳への蓄積可能性は今年4月にウィーン大の研究チームも検証しており、マウスにポリスチレン粒子を経口投与後、わずか2時間で脳に到達したと報告しています。ウィーン大チームを主導するルーカス・ケナー博士は「プラスチック粒子が炎症や神経障害、あるいはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患のリスクを高める恐れがあります」と語っています。

もっとも、ロス博士は、22年の先行研究で台湾国立中央大の研究チーム指摘した「ポリスチレン粒子が脳に蓄積したマウスでは、脳細胞の炎症や記憶力の低下が現れた」という結果は今回の実験では見られなかったと説明し、「体内のマイクロプラスチックの挙動はまだ分からないことが多く、人間にそのまま当てはまるとは限らない」と慎重な態度を示しています。

手術に使った輸液や器具から体内に入り込む可能性も

マイクロプラスチックの人体への影響については、21年にイギリスの研究チームがヒト細胞を使って定量化を試みました。実験結果では「細胞の死」や「アレルギー反応」などが見られ、健康被害が出る可能性が示唆されました。

今年7月には、中国の首都医科大学の研究チームが心臓病の患者15人の心臓組織や血液を手術前と手術後に採取し、走査電子顕微鏡やイメージング技術で分析したところ、計9種のマイクロプラスチックが検出されました。サイズは最大で約0.2ミリだったといいます。

中国チームの研究で特筆すべき結果は、血液中のマイクロプラスチックは手術の前後で種類や直径が変わっていたということです。つまり、手術の最中に使っていた輸液や器具に含まれていたマイクロプラスチックが、新たに体内に入り込んだ可能性が高いということです。

マイクロプラスチックは、今からいくらプラスチックの消費やごみを減らす努力をしても、すでに環境中にあふれているため、今後もわたしたちの体内に蓄積され続けるのかもしれません。それでも、蓄積の速度を抑えるためには、国際社会が一丸となってプラスチック汚染を食い止める必要があるでしょう。加えて、研究者はマイクロプラスチックと人体との関係の解明を進め、影響を少なくしたり体内から除去したりする方法を開発していくはずです。恐れすぎずに問題点を理解して、プラスチックごみに対して自分ができることから行動を始めたいですね。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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