コラム

ワリエワのドーピング問題をめぐる2つの判断ミスと3つの謎

2022年03月01日(火)11時30分

第3の謎は、CNNの取材に対してアメリカ反ドーピング機関のタイガート委員長が答えた「ワリエワ選手の検体(尿)から、1ミリリットルあたり2.1ナノグラムと高濃度のトリメタジジンが分析された」という事実です。これはサンプル汚染と判断された他の選手と比較して、およそ200倍にあたるといいます。

現在、コーチとともにドーピングへの関与が疑われているROCフィギュアチームのドクター、フィリップ・シュベツキー氏は、2008年の夏季北京五輪でボート競技選手に不正輸血を行い失格させたとして、国際ボート連盟から処分を受けた人物です。いわくつきの医師を帯同させたことで、ワリエワ選手に対するロシアの組織的なドーピングも疑われています。

とはいえ、トリメタジジンは服用後数日間、尿中の濃度が高いままになることが広く知られています。専門家である医師やコーチが関わっているとしたら、検査が行われる試合当日にこれほど高濃度な禁止薬物が残ることは、計算間違いでは説明がつきません。

実は、ロシア国内ではワリエワ選手から検出された3つの薬は処方箋なしに簡単に購入できます。薬の効能は知っていても残留濃度の計算には詳しくなかった、ワリエワ選手の身近にいる素人の関与も否定できません。

「世界選手権出場に向けて準備」とロシアメディア

今後は、WADAなどの調査が半年から1年ほど続けられると予想されており、ワリエワ選手は2年間の選手資格停止処分になる可能性もあります。ISUはワリエワ選手がドーピング問題で「保護対象者」と扱われたことを受けて、五輪や世界選手権への出場年齢制限を現在の15歳以上(シーズン前の7月1日時点)から17歳以上に引き上げる提案を総会に諮る方向で調整をし始めました。

一方、ロシアの姿勢は強弁です。地元メディアによると、暫定的な出場停止処分などがないため、ワリエワ選手は3月23日から始まる世界選手権出場に向けて準備を進めていると言います。

ワリエワ選手の競技能力の素晴らしさは、たとえドーピングがあったとしても、才能と努力がなければ成し遂げられなかったものです。とはいえ、アスリートは、自衛のためにも飲食物は自分で管理する責任があり、ドーピングは厳正に処分されるべきです。事実関係が解明されて公正な処分が下った後に、ワリエワ選手が不正の疑惑なく再び五輪に出場する日が来ることを願ってやみません。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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