コラム

ロボットを通じてALS患者の友人と過ごしたかけがえのない時間

2015年12月08日(火)12時13分

人と人をつなぐロボット、OriHime オリィ研究所

「実はOriHimeを操作しているのは、高野さんです」。新進気鋭の若きロボット技術者吉藤健太朗さんを、僕が主宰している少人数制の勉強会に講師として招いたときのことだ。

 吉藤さんは、自身が開発したロボットOriHimeを机の上に置き、自分は立って話を続けていた。吉藤さんの言うことに、うなずくようなしぐさをしたり、見回したりするOriHime。「このロボットは人工知能をあえて搭載していません。人工知能の研究もしました。でもロボットには、人間の代わりにはなってもらいたくない。あくまでも人と人をつなぐ道具であってほしい。それが、ひきこもりがちで孤独な10代を過ごした僕の出した結論です」

 机の上のOriHimeも、どこか離れた場所でだれかが操作しているということだった。多分、吉藤さんの会社、オリィ研究所のスタッフかだれかなんだろう。そう思って話を聞いていた。

 ところが遠隔操作しているのは、友人の高野元さんだった。驚きだった。

 高野さんは、元NECの技術者で、スタンフォード大学に留学した際にGoogleの創業者の二人と机を並べて勉強したこともある、トップレベルのエンジニアだ。GoogleのCEOのラリー・ペイジ氏が「日本には大学時代の友人がいて......」と話するのを聞いたことがあるが、その友人とは高野さんのことである。

 その後、ベンチャー企業のCTO(最高技術責任者)になって中国の子会社を立ち上げ、帰国してからは、フリーのコンサルタントのような仕事をしていた。僕の勉強会に参加を申し込んできたのはそのときだった。勉強会は5年以上続いていて、受講者はのべ300人を超えている。テクノロジー好きビジネスマンのちょっとしたコミュニティーになっているのだが、高野さんはその中でも兄貴的な存在になり多くの人に慕われている。

 その高野さんがALS(筋萎縮性側索硬化症)になった。次第に体中の筋肉が動かなくなる難病で、まだ治療方法が見つかっていない。氷水をかぶるアイスチャレンジという募金集めのパフォーマンスがネット上で話題になった、あの病気だ。

 ALSということが分かって高野さんはすぐに僕に連絡してきてくれた。新宿でランチすることになった。一人での歩行は危険をともなうということで、奥様が同席された。レストランの他の客の話し声に混ざって、高野さんの小声が少し聴きづらかったものの、まだなんとか会話はできた。

 高野さんがALSになったと公表したとき、何人かの仲間が僕にメールを送ってきた。「どうして高野さんのようないい人がこんな目に遭わないといけないんですか!」。だれかを責めることもできず、やり場のない感情を僕にぶつけてきた。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン外務次官、核開発計画巡る交渉でロシアと協議 

ビジネス

トランプ関税で実効税率17%に、製造業「広範に混乱

ワールド

米大統領補佐官のチーム、「シグナル」にグループチャ

ワールド

25%自動車関税、3日発効 部品は5月3日までに発
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story