コラム

「人権侵害は痛くもかゆくもない」日本の根底にある少数民族軽視とアジア蔑視

2022年02月08日(火)15時00分

中国を名指ししない決議に戦狼外交官はほくそ笑む? (写真は昨年11月の国会)REUTERS/Issei Kato

<あいまいな対中非難決議から国際社会が読み取る2つのこと>

日本の衆議院は2月1日に奇妙な決議を賛成多数で採択した。俗に「対中非難決議」とも呼ばれているが、そこに中国の国名はない。

新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区、それに香港における人権侵害を念頭に置いていると伝えられているが、「人権侵害」の文言もなく、「人権状況」になっている。

かつて作家の大江健三郎はノーベル文学賞を授与された時、日本社会の性質について「あいまいな日本の私」という表現を用いて、同じく受賞者の川端康成の「美しい日本の私」と対比して語った。

今回の国会決議は曖昧の域を越えて時代の潮流から懸け離れるレベルまで堕ちた。というのは、岸田文雄首相は繰り返し「日本の国益を考えて自ら判断する」と標榜してきたからだ。

この決議は、ウイグル人やチベット人、それに香港人の人権よりも、自国の経済的利益を優先しているとの気持ちを含ませる曖昧な表現にすぎない。日本人にはその絶妙な言い回しが理解されるだろうが、国際社会からすれば、むしろ人権軽視と捉えられる。

この決議から、国際社会は日本人が秘めた2つの対中感情を読み解くだろう。

第1に、日本人にとって実は人権侵害されている少数民族のことはどうでもいいということだ。日本の経済、それも限られた人たちの金儲けに比べたら、人権侵害は痛くもかゆくもない。日本が重視しているのは、経済的発展の機会を提供してくれる中国政府であって、少数民族はそもそも眼中にない。

第2に、中国を刺激したくないと考える日本人ほど、実は中国を差別しているということだ。所詮は中国のことだろうとか、「中国人同士で何をやっても知らない」という、明治以来のアジア蔑視の思想が彼らの心底にある。

ウイグル人とモンゴル人が「中国人」の範疇に入るか否かという思索もしないで、「中国のことだろう」と片付けてしまう。「中国は駄目だ。何を言っても意味がない」という見解ほど、中国蔑視の思想はない。駄目な中国でも金を落としてくれるなら人権などどうでもいい、という精神的土壌が日本社会に根深く存在しているのではないか。

日本社会の中国蔑視の思想は以前から人々の行動にも表れていた。昨年夏に東京オリンピックが開催される前、森喜朗元首相が「女性のいる会議は時間がかかる」との趣旨の発言をして問題視された。

森氏の「女性差別」を批判した女性政治家たちは、筆者の知る限り、一度もジェノサイドの被害者であるウイグル人女性の境遇について、同じ女性の立場から発言したことはないのではないか。日本の女性政治家からすれば、ウイグル人は人間ではないか、あるいは「所詮は中国人同士のもめ事だから」取るに足りない存在なのではないか。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story