コラム

米朝が繰り返す悲劇の歴史、忘れられた「ベトナム1968」

2018年07月14日(土)14時40分

ベトナム中部ダックトー郊外を進む米歩兵部隊(67年11月) Courtesy of U.S. Army/REUTERS

<韓国はベトナム人を虐殺し、西側はチェコを見捨てた――50年前の呪縛が今度は北朝鮮国民に向けられるのか>

最近、東南アジアで最も脚光を浴びた国は、6月に米朝首脳会談があったシンガポールだろう。ただ、「2018年のシンガポール」が世界史的事件になるかどうかは未知数だが。

世界史的な観点から思い起こすべきは、むしろ半世紀前の「1968年のベトナム」だ。この頃ピークに達したベトナム戦争は同時代の世界を揺るがし、世界の至る所に爪痕を残した。

そしてこの戦争に直面した各国で「叙事詩」が紡がれた。ベトナムから遠く離れたモンゴルにさえ興味深い話が残っている。

北ベトナムが南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)を攻めていたある日のこと。北ベトナムの拠点となった郊外の高級別荘地をモンゴルから来た著名な詩人が訪れた。北の幹部と散歩中、一頭の馬が敷地に入ろうといなないた。詩人はモンゴル高原の馬だと気付いた。馬は詩人の声を聞き、匂いを嗅ぎつけて近づいてきたらしい。涙を流し「再会」を喜び合った。

別の話もある。ベトナムで従軍していたモンゴル馬が役目を終え、北上して故郷を目指した。長江や黄河、無数の山脈と広大な田畑を乗り越えた。中国では危うく住民に食べられそうになったが、無事モンゴルに帰還。臀部には飼い主である遊牧民の焼き印が残っていた。

英雄的なゲリラ闘争の年

ユーラシアの遊牧世界には古くから「旅する馬の物語」が多く伝わる。先の2つの話は、世界史における「68年のベトナム」を目撃したモンゴル版の叙事詩だ。社会主義国だったモンゴルはソ連の指示によりベトナム戦争を支持。遊牧民が供出した馬はインドシナのジャングルで大砲などの物資を運んでいた。

同じく68年1月、太平洋を越えたキューバで、「今年は英雄的なゲリラ闘争の年になる」と宣言したのはカストロ議長だった。同じ月に韓国の首都ソウルでは、韓国軍人を装ったゲリラ31人が朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺を図って青瓦台(大統領府)近くに侵入。韓国軍と銃撃戦を繰り広げた。ゲリラは「朝鮮半島革命の民主基地」を自任する北朝鮮が送り込んだものだった。

韓国は当時、ベトナムに大軍を派遣していた。タイ、フィリピンやオーストラリアなどと共に自由世界の一員として、アメリカと南ベトナムを支持。派兵や物資援助を行い、日本の本土と沖縄の米軍基地が出撃拠点となった。

延べ約32万人もの兵士からなる韓国軍はベトナム各地で虐殺を働いた。韓国軍が他国の軍隊よりも「熱心」に民間人を共産ゲリラとみて殺害したのは、北朝鮮からの「共産革命の脅威」を肌で感じていたのも一因とされる。青瓦台襲撃未遂など共産主義化した「同胞」からの敵を異国のベトナムで取る。自由主義陣営を守るための暴力もまた、「68年のベトナム」を目撃した韓国版の叙事詩だった。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story