コラム

大統領選挙に見るフランス政治のパラダイムシフト

2017年04月04日(火)17時30分

グローバリズムかナショナリズムか

しかし、歴史とは皮肉なもので、こうして左派と右派の方向性が、グローバル化と欧州統合へと収斂し、フランスの欧州への統合が進んでいった一方、国民の中には、行き過ぎた統合への反発、欧州懐疑主義が生れてきた。それは、特に移民問題として浮上してきた。移民により雇用を奪われる、治安が悪化する、福祉を食い物にされる、という形で、EUの負の側面が強調されるようになり、EUは果実をもたらさないばかりか、問題を作りだしているというイメージが強まった。こうした国民の不満と不安につけこむように、反EUと反移民、自国第一主義や自国(民)優先を掲げる国民戦線が、支持者を増やしてきたのだ。

tanaka0404c.jpg

そこで、それまでの左右という対立軸(横軸)に加えて、新たな争点として浮かび上がってきたのが、このままグローバル化の方向を進むのか、それとも、ナショナリズムの道を引き返すのか、という対立軸(縦軸)だ。この対立軸は、かつて右派の中でゴーリストと非ゴーリストを分けていたものであるが、今や右派全体が基本的にグローバリズム側に移ってきた上に、社会党も同じ側に移ってきたことで、左右の主要政党が空けてしまったスペースに、国民戦線が穴埋めをするように拡大してきたのだ。

このことは、ナショナリズム的傾向を薄めてきたと思われていた国民の中に、グローバル化や欧州統合に順応できないまま忘れ去られた人々が多く残っていたという現実を明らかにした。このように、国民戦線の台頭という現象は、ナショナリズムとグローバリズムの対立軸という関係でみると分かりやすい。

大統領選挙の新しいパラダイム

この縦軸と横軸からなる政治構造で今度の大統領選挙の主要候補者を位置づけてみると次の図のようになる。

tanaka0404d.jpg

伝統的な左右対立の横軸で見れば、メランションとアモンの左派性、一方でフィヨンの右派性が明確であるが、ルペンは、右派・右翼をベースとしつつ、左派の一部にも食い込む位置にある。マクロンは、中道左派をベースとしつつ、中道派、中間層、無党派層などへの食い込みを狙う位置にある。このルペンとマクロンがいなければ、左右の対立軸上での、古典的な2極対立の構図となるだろう。

しかし、今回の選挙ではルペンとマクロンの存在が大きく、第1回投票から、左右の横軸の関係だけではなく、縦軸の関係も組み合わさった形の構図の中で、各候補が張り合う複雑な関係にある。有権者は、どの軸を優先させるかで、投票先が変わる。こうした複雑化した多元方程式のなかで、むずかしい選択をフランス国民は迫られているのだ。

このことは、これまでの構図と異なるパラダイムシフトが起きていることを示す。新しいパラダイムでは、主要な対立軸として、縦軸のナショナリズムかグローバリズムかということが重要な争点となる。特に、今度の選挙において、ほとんどすべての世論調査が示すようにルペンとマクロンとの決選投票となった場合には、この縦軸が勝敗を決する主要因となる。

従来の大統領選挙では、左派と右派との対決という構図が明確であり、単純であったため、中道派や、中間層・無党派層は、第二回投票に残った左右の候補のいずれかに投票を迫られるという形で、左右2極化の枠の中に押し込められる(あるいは棄権する)しかなかった。

しかし今や、左右対立の枠組みの中で埋没してきた縦軸の関係が、選挙の帰趨を決める有力な対立軸として浮上してきている。そこでは、これまで左右に引き裂かれてきた中道派や中間・無党派層の帰趨が大きな影響を与えることになる。加えて、マクロンが言う「右でも左でもない」というスタンスが、反ルペン票として、どれだけ右派を動員できるか。左右の対立軸に囚われない新しい中道、第3の道を、マクロンが切り開くことになるのだろうか。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インテル、第1四半期売上高予想振るわず 需要低迷や

ビジネス

米ビザの10─12月期決算は増益、活発な年末消費で

ワールド

米、メキシコとカナダに25%の関税課す トランプ氏

ワールド

ガザ再建に10─15年、「何も残っていない」=米政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story