南米街角クラブ
ブラジルの映画ファンが絶賛する黒澤明、なぜハマるのか聞いてみた
今日、ブラジルにおいて一般的に最も有名な日本映画はジブリの作品だろう。
ジブリ作品は近年ネットフリックスで配信が始まり、ブラジルの公用語ポルトガル語でも視聴が可能となった。
ファンは多く、これまでにも映画館にて再上映会が行われたり、ピラータと呼ばれる海賊版がその辺りに出回っている。
しかし、私の周りの熱い映画ファンたちが口を揃えて絶賛するのは、黒澤明監督作品である。
実は私は日本に住んでいた頃に監督の作品を観た事がなく、ブラジル人の友人に「絶対に観なきゃダメだ!!」と強引にすすめられてこちらで『夢』のDVDを借りた程だ。(数年前まではDVDレンタルショップがまだ存在していたが、最近は殆ど見なくなってしまった)
そんな黒澤作品の代表作の一つ、『羅生門』が今年のオンライン日本映画祭で上映されている。
同映画祭の上映作品20本中19本は2000年代の映画であり、公式サイトの中に一つだけ目立つ白黒の動画キャプチャ。
1950年に発表されたこの作品と、そして黒澤明が今でも世界中の人々に支持されることを証明しているようだ。
日本と遠いブラジルで、なぜこんなにも黒澤作品に熱い想いが寄せられているのか気になったので、友人に聞いたところ、なかなか面白い意見が聞けた。
友人のホブ・アシュトーフェンは音楽家として活動しながらブラジルの名門サンパウロ大学の博士課程で教育を研究、そして映画好きとしても有名で、従弟のダビッドと共に『Cinema do fin do mundo』という映画評論のポッドキャストのナビゲーターも務めている。
以下、ホブが話してくれた内容を和訳したものを掲載したい。
黒澤は画家です。これまでに『七人の侍』や『乱』などを観ましたが、彼が描くシーンの構成と遠近法は物語をより豊かにし、観る人を舞台に呼び込みます。
彼は同じシーンを複数のカメラで撮影し、本編の何倍ものフィルムのオプションの中から映画を組み立てていますね。その入念な仕事と献身は監督の映画の特徴であり、これらが物語をうまく伝えることに関連していることは事実です。私にとって良い映画というのは、物語が適切に描かれているものです。
どんなに音楽、描写、動き、照明、表現が優れていても、やはり最も重要な使命は物語を語ることだと思います。
良い監督、脚本家というのはテーマや時代に関係なく、視聴者を魅了します。
黒澤は『羅生門』においてもその使命を十分に理解しており、平安時代を描いた短編小説の作者である芥川龍之介の文学を吸収し、12世紀を舞台にした人間の生き方や道徳的な問いを映画のスクリーンに映し出しました。それは月日が経った今でも褪せることはありません。私は『羅生門』を鑑賞をした後、黒澤明、勅使河原宏、濱口竜介という三人のタイムラインを思い浮かべました。
これらの偉大な日本の監督の作品は日本文学に基づいていますね。
勅使河原は、安部公房の長編小説『砂の女』を同タイトルで映画化。この作品は世界の映画祭で話題になり、私が最も感銘を受けた映画の中の一つです。
また、まだ視聴はしていませんが、アカデミー賞にもノミネートされている濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』も村上春樹の短編小説に基づいていますね。私は彼の別の作品『偶然と想像』を観ましたが、二人もしくは三人の会話から成り立つ3つの物語は観ていて夢中になりました。多くの映画が本に基づいていることは知っていますが、特に日本映画は原作にある普遍的な感情や問題を共有する人々、そして日本独自の文化を物語の中でうまく語っています。
それこそが、私がブラジル人であり日本に行ったことがないにも関わらず、物語に共感し、魅了される理由です。
黒澤映画を観ると、私は日本のあの歴史的瞬間(映画が生まれた頃や物語が繰り広げられた平安時代)に連れていかれます。映画の中のワンシーンに感情移入することもありますよ。
良い映画というのは時代を越え、その国の人々の文化の描写を象徴するという機能を果たします。
そこには日本とブラジルのように昼と夜が真逆の生活である事さえ関係なく、私たちが同じ目線で考えることができる重要なメッセージが秘められているのです。
ホブが話してくれた通り、黒澤映画には人を惹きつける独特の魅力がある。
こういった意見に耳を傾けた後に作品を観ると、また新たな発見があるかもしれない。
実は、映画だけでなく日本文学もファンの間では注目されている。
文学ファンの中でよく名前が挙がるのは夏目漱石、太宰治、谷崎潤一郎、三島由紀夫、そして現在も活躍する村上春樹あたりだろう。彼らの代表作はポルトガル語訳され、文学ファンに親しまれている。
また、日本の俳句がルーツとなるポルトガル語版の俳句Haikai(ハイカイ)も一定の人気を保っている。
そのハイカイを広めた人物の一人であるパウロ・レミンスキーは日本文化に心酔し、松尾芭蕉の伝記まで手掛けた。
(ちなみに日本に比べるとブラジルで詩の人気は高く、年齢、性別問わず多くの人が日頃からポエムや小さなテキストを読む習慣がある)
気になる点としては、日本映画も文学も、人気があるのは大正~昭和時代にかけて作られたものが多い。
漫画やアニメの最新作品は愛好家たちが自らポルトガル語訳を手掛けることもあるようだが、映画と文学はあまりアップデートされているような気がしない。
その分、日本映画祭は平成もしくは令和になってから発表された作品が上映されるため、現在ならではの日本文化を楽しんでもらえることができるだろう。
もちろん、黒澤作品のような名作の上映もありがたい。
2016年に始まった日本映画祭は2020年以降オンラインで開催されている。
広いブラジルでは主要都市までのアクセスが難しいため、非常に画期的だ。
是非今後も並行してオンライン開催を行っていただき、名作から最新作まで幅広い日本映画の魅力を伝えてくれることを期待する。
国際交流基金によるオンライン日本映画祭は世界25ヶ国で今月末まで開催される
https://jff.jpf.go.jp/watch/jffonline2022/
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada