コラム

風刺小説の形でパンデミックの時代を記録する初めての新型コロナ小説

2021年11月16日(火)13時30分

パンデミック禍の2年弱は、孤独が極まった長い年月だったと言えるだろう Xesai/iStock.

<今だから描ける、パンデミック初期の「得体が知れないものへの不安」と「根拠のない楽観」>

最初はアジアのみで流行している謎の感染症と思われていた新型コロナウイルス感染症が世界中に広まったのが2020年の2月だった。3月にはアメリカの多くの地域で感染者が増加し、ロックダウン(あるいは自宅待機)の勧告が出るようになった。

2021年にはワクチン接種ができるようになり、制限はあるものの友人との外食やコンサート参加が可能になってきている。その2021年11月現在に2020年3月頃を振り返ると、まるで遠い過去のような気がする。海外旅行や外食、コンサートや映画鑑賞で多くの人と接触していた日常を失った2年弱は、孤独が極まった長い年月といえるだろう。

まだパンデミックが収まっていないときにパンデミック小説、しかもリアルな新型コロナのパンデミック小説を読みたい読者はあまりいないかもしれない。どちらかというと、現状を忘れさせてくれる本を読みたくなるものだ。けれども、今だからこそ理解できる感覚というのもある。どちらにせよ、いずれはこの時代の人間の心理や言動を分析した本が出てくることだろう。ゲイリー・シュテインガートの『Our Country Friends』は、新型コロナのパンデミックを題材にした(少なくともメジャーな作品としては)初めての文芸小説だ。

隔離のコミュニティー

新型コロナ流行の初期に、ロシア生まれのユダヤ系アメリカ人作家サシャはニューヨーク市の北にあるハドソンバレーの別荘地に友人たちを招く。文筆家の友人を集めて一緒に隔離するというアイディアで、招待されたのはサシャの高校時代の友人でコリア系女性のカレンとインド系のビノド、サシャが大学で文芸を教えていたときの教え子のディー、グローバルな生活を営むコリア系男性のエド、そしてハンサムで有名な「俳優」だった。

母屋に住むのはどちらも子どもの頃にロシアからアメリカに移住したサシャと妻のマシャ、そして夫婦が中国から養子としてひきとった8歳の娘ナットである。マシャは精神科医だが文筆家としてのサシャの収入は途絶えていて修理費の支払いにも困るようになっている。サシャは「俳優」が作品のテレビドラマ化を手がけていることに望みをかけていたが企画は難航していた。ゲストたちは、それぞれ小さなバンガローに泊まり、メインの家に集まって一緒に夕食をとるという決まりだ。

仲間の中で最も経済的に成功しているのは恋愛アプリを開発したカレン。裕福でグローバルな子ども時代を送ったエドは洗練された文化背景を持っている。貧しい子ども時代を送ったことを書いて有名になったディーはグループの中では最も若くて外見も魅力的な女性だ。エドはディーに惹かれているが、そこにナルシシストの「俳優」が現れてディーと恋に落ちてしまう。大学教授への道を失い、がんで肺の一部を失ったビノドは負い目を感じているが、実はサシャが今まで彼に隠してきた秘密がある。マシャは世界で一番愛する娘のナットに母国の言語であるロシア語を教えたいが、ナットはK-popに夢中でカレンから韓国語を学びたがる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story