コラム

オバマを支えたミシェルにアメリカ女性が惹かれる理由

2019年01月11日(金)16時15分

ミシェルの支持率は歴代の大統領夫人の中でも第3位と高い Kamil Krzaczynski-REUTERS

<独立した強い女性でありながら、カリスマ政治家の夫を支えるために脇役にまわったミシェル・オバマ。大ベストセラーとなった回想録『Becoming』が明かす現代女性の愛と葛藤>

新しい国であるアメリカには貴族や皇族などのロイヤルファミリーが存在しないが、それに匹敵するのが大統領とその家族だ。アメリカ国民は彼らの言動だけでなく、ファッションにも注意を払う。そして、任期が終わると、大統領だけでなく、大統領夫人も回想録を出す。

政策に直接関係ない大統領夫人の支持率は、夫の大統領より高い傾向がある。近年の大統領夫人の平均支持率では、ミシェル・オバマ(65%)は、バーバラ・ブッシュ(81%) とローラ・ブッシュ(72%)に続く第3位の位置にあり、政策に口出しをしてバッシングにあったヒラリー・クリントン(56%)やナンシー・レーガン(55%)より高かった。

支持率は回想録のセールスに関係がありそうだが、そうでもない。

支持率が72%もあったローラ・ブッシュの回想録は、最初の週に15万部近くが売れてベストセラーリストの2位になったが、支持率が56%だった44代大統領夫人のヒラリー・クリントンが2003年に出した回想録『Living History』は、最初の週に60万部以上売れてアメリカのベストセラー記録を更新した。大統領選挙の敗北後に出した『What Happened』も、最初の週に30万部(ハードカバー、ebook、オーディオブック含む)以上が売れ、ハードカバーの売上では過去5年のノンフィクションで最高の売上を記録した。

ローラ・ブッシュには夫を陰で支える伝統的なアメリカの賢妻のイメージがあり、そのために保守的な共和党支持の男女から尊敬されていた。リベラルな民主党支持者も、夫のジョージ・Wに強い怒りを覚えていても「夫と妻は別の人格」と捉える成熟さがあった。だから支持率は高かったのだが、ローラという人物に対して強い興味を抱く人はさほど多くなかったのだろう。

その点、ヒラリー・クリントンはローラとはまったく異なるタイプの大統領夫人だった。大統領夫人という立場なのに医療制度改革を試みて反感を買い、敵を多く作った。だが、同時にステレオタイプの「大統領夫人」に挑戦したヒラリーの勇敢さを評価する女性ファンが生まれた。こういった「情熱的なファン」に加え、公の場で詳細が暴かれたビル・クリントンの女性スキャンダルの後でも夫と別れなかった妻の心情への好奇心もあってヒラリーの回想録は記録的に売れた。

その後もヒラリー・クリントンの回想録は必ずベストセラーになったのだが、それを超えたのがミシェル・オバマの回想録『Becoming』だ。

『Becoming』は、最初の15日で200万部(ハードカバー、ebook、オーディオブック含む)を売り、ヒラリー・クリントンの『Living History』の歴史的な販売記録を超えた。また、ヒラリー・クリントンのブックツアー(出版社が著者に要求する販促イベント)は大学での講演や書店でのサイン会だったが、ミシェル・オバマはスポーツ観戦に使われる巨大なアリーナを使い、しかも売り切れが続出している。私が住むボストンでは約2万人が収容可能なTDガーデンが使われ、ステージ近くのチケットは約500ドル(約5万5000円)で平均価格は214ドル(約2万5000円)という、エルトン・ジョンのさよならツアーレベルだった。もちろん前代未聞である。

さて、それほど売れている『Becoming』だが、内容はどうだろうか?

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story