コラム

IoT(Internet of Things)の次、IoB(Internet of Bodies)への警告

2017年09月28日(木)18時30分

規制とリスク

マトウィーシン教授の基調講演の後、パネル討論が行われた。パネリストのテレル・マクスウィーニーFTCコミッショナーは、我々はまだIoTに関連するセキュリティの問題すら解決できていない。当然ながら発展が期待されている人工知能(AI)も関連してくることになる。多くの検討すべきことがあるとコメントした。

また、毎年ラスベガスで開かれるハッカー会議デフコン(DEFCON)でバイオハッキングを担うジャニーン・メディーナは、消費者は十分な保護を受けていないと指摘した。バイオハッキングの一環として、人間が見えない紫外線を見えるようにするデバイスの実験もあったが、それが良いことなのか悪いことなのか、まだはっきりしない。

パネルの司会者から、リスクコントロールの責任は誰にあるのかという質問が出た。メディーナは、患者自身、医者、開発業者などを含む全員だという。マクスウィーニーは、政府にとっては強い政策的対応が求められる大きな挑戦だと認めた。

フロアからの質問では、リスクがあることは分かるものの、いったい誰が他人の体内のデバイスを攻撃するのかという質問が出た。パネリストは皆、一瞬、困惑した顔を浮かべる。まだ実際にそういった事例はないからだ。しかし、マトウィーシン教授は、脆弱性がそこにあれば悪用されることになると指摘した。マクスウィーニーも、何も考えない無責任な行動が起きることを心配しているともいう。

ベストエフォートは通用しなくなる

おそらく、体内デバイスについては、ランサムウェアのような攻撃が起きるだろう。デバイスを不正に動作させ、体調変化を引き起こし、元に戻したければ身代金(ランサム)を払えという深刻なサイバー攻撃である。体調の問題は時間とともに急速に悪化する。交渉の時間はない。すぐに払う人が多いだろうし、自分の子供が攻撃されれば、多くの親は即決するだろう。

そうすると、体内に埋め込むデバイスには限りなく100%に近いセキュリティが求められるようになる。「できるだけ努力しますが保証はしません」というベストエフォートは通用しない。患者はリスクを覚悟した上で埋め込まなくてはならないし、デバイスのメーカーにはきわめて慎重な研究開発とリスク回避が求められる。体内のデバイスが攻撃された死亡する事例が起きれば、深刻な訴訟に巻き込まれることになるだろう。

逆にいえば、リスクが大きすぎて、IoBデバイスはウェットウェア接続にはたどり着かないかも知れない。訴訟で簡単につぶれるかもしれないとしたら、企業はリスクのある製品を作ろうとはしない。インターネットは知的財産権に常に挑戦する技術やサービスを生み出してきたが、生命につながる問題でリスクをとる企業はよほど大胆でなくてはならない。

ウェットウェアのデバイスの到来は難しいとしても、首から下の肢体や臓器への接続もまた深刻なリスクであることには変わりない。病気や障害に苦しむ人たちにとってはハンディキャップをそのまま受け止めるか、リスクを覚悟した上でIoBデバイスを受け入れるかという選択に悩むことになる。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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