コラム

上が決めたら徹底的に......日本の脱ハンコとデジタル化は強引すぎ?

2020年10月29日(木)16時30分
石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)

菅首相は就任後、脱ハンコやデジタル化の推進を政策目標の一つとして掲げた KAZUMA SEKI/ISTOCK

<漢字に憧れて日本に来た私にとって、漫画やアニメ以上に魅力的なハンコがなくなるのは残念だが、ここまで強力に推し進めないと舵を切れないのもまた日本的だ>

菅義偉首相が就任して、はや1カ月。まず国民の目を引いたのが、脱ハンコだった。河野太郎行政改革担当相が行政手続きでのハンコの使用を原則廃止するよう求め、できない場合はその理由を9月中に示すよう各省庁に伝達した、という話だ。

ハンコ(印章)の起源はメソポタミア。今でいうイラクと、私の生まれ故郷であるイランである。イランでも以前は社会的地位のある人を中心に印章が使用されていた。

私の母方の祖父は、イラン北部の町の町長だった。自分の所有する土地だけを通って町の中心部から隣町との境まで行けたというくらいの資産家だったそうだ。その祖父が最晩年、病の床に伏せて意識がなかったとき、祖父の妹が祖父の指から指輪形の印章をそっと外して偽の遺言状に印を押し、遺産の大半を手に入れたと、私の母はいまだに恨み言を言っている。

そのくらい以前はイランでもハンコの効力が大きかった。しかし現在では多くの手続きでデジタル署名が導入されており、行政手続きの多くはネット上で申請を完結できる。官公庁や教育機関などの一部で紙の書類が必要な場合はハンコを押し、その下にサインをするのが一般的である。

もともと漢字に憧れて日本に勉強に来た私にとっては、ハンコがなくなるのは残念だ。手彫りのオーダーメイドで作ってもらい、素材も書体も選べるなんて、どこまでクールなのだろう! クールジャパンを掲げて海外に売り込んでいる漫画やアニメなどポップカルチャーよりも、ハンコのほうがずっと外国人の心を捉えられるのにとさえ思う。日本のハンコは中国由来で、中国のハンコ文化が非常に豊かなことも承知しているが、それでもそう言いたいくらいだ。

しかし同時に、政府がここまで強力に推し進めないとデジタル化に舵を切れないのも、非常に日本的だと思う。日本の悪しき前例主義、官僚主義、横並び主義が露呈した形である。

私が外資系企業に勤務していたとき、ヨーロッパで開発・製造した高価な機器を日本企業に販売することになった。ヨーロッパ側からデジタル署名入りの社内見積もりが届いたが、日本では見積もりをプリントアウトし、社内で役職者に順番にハンコを押してもらい、お客様に手渡しした。

それを知ったドイツ人は、日本はまだそんなことやっているのかとあきれていた。日本のお客様にはプリントアウトとハンコが必要なんだと説明しても全く理解されなかったことが、強く印象に残っている。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

カナダ中銀、利下げペースは緩やかとの想定で見解一致

ワールド

米制裁が国力向上の原動力、軍事力維持へ=北朝鮮高官

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3% 市場予想

ビジネス

バイオジェン、1―3月利益が予想超え 認知症薬低調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story