コラム

より野心的になった日本銀行のリフレ政策

2016年09月21日(水)21時20分

 そしてここが今回の日本銀行の政策決定会合の重要なポイントでもあるのだが、この順調にデフレを伴う停滞から脱し始めた日本経済を阻害したものは、2014年4月の消費増税による総需要への深刻なダメージである。この消費増税の悪影響(それは今日まで続いている)を、21日に日銀が公表した「総括的検証」では、初めて全面的に認めた。従来の日銀では消費増税の経済に与える「悪」影響は無視されていただけに画期的な評価変更である。この消費増税の悪影響、資源価格の低下、そして新興国(中国など)の経済の不安定化が、日本経済をいまいちぱつとしない状態に低迷させた。

 しかし注意すべきなのは、日本銀行のインフレ目標やまた経済成長率も低迷してはいるが、雇用は大幅に改善していることに注意すべきだ。つまりすでにデフレを伴う大停滞からは事実上脱しているという見方も可能である。今回の日銀の公式文書ではそのような見解のようだ。筆者はまだそう言い切るだけの自信はないが、一部の反リフレ陣営の「日本経済は低迷したまま」や「アベノミクスは失敗」などというのはすでに妄言レベルであることは繰り返し強調すべきことだと思う。

 つまりインフレ目標を達成できれば、いまの3%台の失業率の大幅に下がり、さらに名目・実質賃金も上昇、雇用の質的な面での不安定性にも大幅な歯止めが期待できるということだ。もちろんその成果として実質経済成長率も向上するだろう。また後で簡単にふれるが、「財政危機」もすでに机上の空論となり、人口減少社会の積極的な雇用政策・社会保障政策の備えになっていくだろう。リフレ政策の完遂には少なく見ても以上のような成果が期待できる。

事実上、すべての国債金利の目標化を狙っているのに等しい

 さて日銀は上記の消費増税などの悪影響で、インフレ目標2%到達が阻害されている事実を認めたうえで、さらなる政策の「補強」に乗り出した。日本銀行の表現だとそれは「イールドカーブ・コントロール」である。イールドカーブというと難しいので、簡単にいうと日本銀行が市場から購入している政府が発行する短期国債と長期国債の金利をコントロールするということだ。日本銀行の表現を引用しよう。

「短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高に▲0.1%のマイナス金利を適
用する。長期金利:10 年物国債金利が概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買入れを行う」(http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921a.pdf

 いままでは漠然とイールドカーブを全体的に押し下げる(短期から長期国債の金利を低下させる)という形だったのを改めて、明示的にマイナスからゼロ近傍に金利の上限を目標化している。この金利の目標化は他面でそれと整合的になるならば、国債を無制限に購入するとコミットしていることにもつながる。事実上、すべての国債金利の目標化を狙っているのに等しい。今回日銀が買いオペの具体策としたように、10年金利、20年金利の「指値オペ」で強力に金利を抑制することが表明されているのはその証明である。

 つまりここでは、リフレ政策に懐疑的ないし反感をもつマスコミや識者に特徴的な報道の在り方(量から金利への政策転換)が、いかに間違っているかがわかる。目標金利到達には事実上国債買い入れは無制限のスタンスなのである。

 ただしここが今回の長短金利の目標化のミソなのだが、FRB前議長のベン・バーナンキが指摘しているように、この金利目標化が市場の予想形成に効果を与えることで、国債を無制限な程度まで購入することなく、金利目標化がないときに比べて国債買いオペの量をそれほど多くしないでもすんだという歴史的な事例がある(バーナンキ『リフレが正しい。』中経出版)。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ショルツ独首相、2期目出馬へ ピストリウス国防相が

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story