コラム

ドイツは「緑の首相」を選ぶかもしれない

2021年04月28日(水)19時00分

躍進への布石

2018年1月、ベアボックは「緑の党」の共同議長に選出された。現在までの3年半は、現実主義派と急進左派との間の内部対立に悩まされていたが、グリーン経済が主流の政策課題となった今、彼女は洗練された行儀の良い政治スタイルを特徴としている。

この穏やかなアプローチを批判する人には、緑の党の支持者で『グリーン・パワー:環境政党はどのように国を変えたいのか』(2021)の著者であるウルリッヒ・シュルテがいる。彼は、次の選挙に臨む緑の党は、かつての革命精神とは程遠く、代わりに、自分たちの生活を極端に変えることを望まない中産階級を意識した政策転換に向かっている指摘した。

takemura20210428_3.jpg

現在の緑の党にはかつての革命精神は消え、主流政党への道を歩んでいるというウルリッヒ・シュルテの著作『グリーン・パワー:環境政党はどのように国を変えたいのか』(2021)は、ドイツで今、ベストセラーとなっている。


政治学者のウォルフガング・シュローダーによると、筋金入りの環境活動家に批判されることは、逆に緑の党のイメージアップにつながるという。少なくとも、ポスト・メルケル政権に期待する中道派の有権者にとって、過激な環境保護主義は敬遠されるからだ。

ベアボックは、緑の党の理想主義的なルーツから離れ、主流に向かう党にとって最適な人物なのだ。野心的な政治家である彼女は、メルケル首相のように政治的コンセンサスを重視する傾向がある。グリーンな価値観という意味では、彼女はベジタリアンでもないし、革ジャンも着る。緑の党は実際には新しいCDUかもしれない。だから、ベアボックは次のメルケルとして期待されているのだ。

海外からの期待

国際的なコメンテーターたちは、ドイツの外交・安全保障政策にとってベアボックがどのような役割を果たすのかに期待を寄せている。ニューヨーク・タイムズ紙の最近の特集では、緑の党を「米国との強固な同盟関係」を約束する「海外での積極的な姿勢を持つ現実的な政党」と期待を寄せ、別のアナリストは、緑の党と保守的なCDUの連立により、最終的に首尾一貫した防衛政策を展開できると評価している。

確かにベアボックは、緑の党が40年前に北大西洋条約機構(NATO)に反対してきた平和主義から脱却し、NATOを「ヨーロッパの安全保障に欠かせない存在」と表明し、多国間主義とEUの強化に力を入れている。しかし、コメンテータたちの期待は性急かもしれない。緑の党が重要な役割を果たす政権は、NATOの同盟国が期待する安全保障政策とは異なるものになるかもしれないからだ。

中国とロシアへの懸念

新しい緑の党は、人権と法の支配に対してタカ派である。彼らは、権威主義的な大国に対して積極的に対抗してきた。CDUの外交委員長であるノルベルト・ロットゲンは、「緑の党は、中国とロシアに対して、すべての政党の中で最も明確な姿勢をとっている」と指摘する。

緑の党が大西洋横断的なアジェンダを支持するようになったのは、中国の覇権主義に対抗するためだった。同党は、EUが最近締結した北京との包括的投資協定に反対し、欧州の5G通信に中国のファーウェイが参加するのを阻止しようとしていた。そして、クレムリンに対してもかなり懐疑的で、CDUとSPDの両党首が支持している「ノルド・ストリーム2」と呼ぶ天然ガスのパイプライン・プロジェクトにも反対している。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税、国内企業に痛手な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story