コラム

ドイツの夜間外出禁止令は、結局、クラブ・パーティの秘密化を助長する

2020年11月18日(水)17時00分

クラブをめぐるパラドックス

一方、ベルリンの街のムードは複雑である。10月3日は、ベルリンの文化担当上院議員クラウス・レデラー氏が立ち上げた「クラブ文化の日」で、約40のクラブやイベント団体が、合法的なパーティーの開催を約束したことに対して、それぞれ1万ユーロの支援金を授与された。しかし、ベルリンの長い冬が到来し、気温が下がるにつれ、街中の感染率が急上昇し、午後11時以降の外出禁止令が施行された。

クラブの活動を維持する解決策として、クラブ委員会は、ハンブルクやマドリードのような都市ですでに検討されている迅速な検査の実施を政府に働きかけている。クラブの入り口に、認定を受けたポップアップの検査所の設置である。この検査と結果の判明には最大1時間かかり、費用は一人10ユーロ以下で、チケット代に含まれる。そうすれば、どのクラブにも入ることができるとクラブ委員会は説明する。

ここでの最大の反対は、ドイツ政府保健省からの勧告である。そもそも彼らは、夜の時間を感染の脅威として見ているので、夜間外出制限を政府に強く働きかけた。クラブにおける迅速な検査こそ、すべてをシャットダウンして、人々が家に滞在するよりも、問題に対処するための有用な対策であると、クラブ委員会は主張している。外出禁止は結局、秘密のパーティーを助長するからだ。しかし、現実は夜間外出制限が施行された。

クラブを守り抜く理由

ベルリンの成人人口の約半数は単身者であり、都市部の若者たちは、家族と同じくらい友人関係に依存している。クラブシーンは、特にLGBTQ+のコミュニティにおいては、友人やクラブが家族の代わりになることさえある。クラブの閉鎖がもたらす心理的な影響は、クィア(Queer:性的少数者)・コミュニティにとっては特に深刻である。

クィアの人たちは、普段差別されているからこそ、メインストリームのコミュニティでは評価されないと感じている。彼らにとってクラブは、コミュニティの拠り所である。だからこそ、彼らは健康規制のないプライベートなパーティーに行く。コロナに感染することを恐れる以上に、クラブはクィア・コミュニティの若者にとってのライフラインなのだ。

冬が本格化するにつれ、ベルリンで最も愛されている「文化資産」は、最も脆弱な時期を迎えようとしている。クラブ文化がパンデミックを通過する正当で安全な方法を見つけることが、ベルリンのみならず、世界中のクラブの祈りである。

しかし、そのためには、地域社会、クラブ・ビジネス、メンタルヘルス対策が一体となり、何よりクラブ・コミュニティを守るために、連邦政府とクラブ業界がより良い協力関係を築く必要がある。社会全体が協力してこそ、この危機を乗り越えることができる。

結局のところ、クラブは社会的圧力を緩和するバルブの機能を果たすだけではない。クラブは、自分を探すこと、自分を失うこと、自分を試すこと、自分を定義すること、そして最良の場合は自分を見つける場所である。クラブは人々にコミュニティを与え、創造活動やスタートアップの温床ともなっている。クラブを終わらせる理由は何ひとつない。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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