コラム

衰退するショッピングモール、再生を模索する欧州

2020年09月22日(火)13時30分

シナリオ2:イノベーション地区への転換

いくつかのショッピングモールは、消費地ではなく生産地になるかもしれない。開発者やオペレータは、モールの運営プログラムの変更に取りかかり、空の店舗をオフィス、コワーキング・スペース、イノベーション・ラボ、小規模な生産施設などの非リテール活動に置きかえている。スロベニアの首都リュブリャナにあるBTC Cityは、ヨーロッパ最大のショッピング&エンターテイメント施設(総面積25万m²)の一つであり、スロベニアはもちろん、クロアチア、イタリア、オーストリアの観光客が頻繁に訪れていた。

この旧ユーゴスラビア連邦共和国の主要物流センターは、1990年代に民営化され、徐々にショッピングモールとなった。しかし、オンライン・ショッピングの台頭やディスカウントストアの市場シェアの拡大により、経営陣は新たな収益源を求めていた。スロベニアで最大のビジネス・アクセラレータとなったABC Acceleratorが扉を開き、新興企業やイノベーターのためのコワーキング、コーチング、チームビルディング・スペースを備えたABCハブも設立された。そこにはショッピングモールの面影はもうない。UniCredit Bank、Microsoft、IBM、BMWなど、世界的に有名な企業の進出で、現在ABCハブは活気にあふれている。

シナリオ3:都市農業拠点

世界的な食糧需要の増大と農業の工業化による環境保護の認識の高まりに伴い、都市型農業はショッピングモールを再生させる重要な選択肢の1つになる可能性がある。こうした開発の中心拠点は、モスクワにある世界最大の都市型垂直農園「RusEco」やデンマーク第2の都市オーフスにある「アグロ・フードパーク」である。

RusEcoとアグロ・フードパークは「農業のシリコンバレー」と呼ばれ、その計画は、都市農業のイノベーション・ハブをめざしている。ほとんどの場合、農業は肥沃な土地への投資であるが、両社がめざすのは、都市との共同開発であり、空の倉庫や大型モールを都市農場に変えるための魅力的な代替品の提供である。アグロフード・パークには、すでに80を超える企業と、合計1,200人が雇用されており、都市農業のためのエネルギー、水、排水など、環境に配慮したエコシステムを統合しながら、研究者と企業の協力を強化するように設計されている。

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ベルリンのスタートアップ「Infarm」が開発した水耕栽培ユニットは、簡単に身近なハーブ類を育てることができる。現在ドイツのスーパーやレストラン、ホテルに設置され、今やベルリンでは日常的な風景となっている。

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アグロ・フードパークの全景。ショッピングモールを都市農園に転換する計画を持ち、農業のシリコンバレーをめざしている。(C)AGRO FOOD PARK

イノベーションの未来へ

古代ギリシャのアゴラにはじまり、中世の市場、18世紀のロンドンとパリ、そして黄金の1920年代と呼ばれたベルリンのショッピングアーケードを経て、20世紀のショッピングモールは、フォード資本主義のコミュニティ基盤だった。しかし、グルーエンが、モールとクルマが都市を破壊したと述懐したように、モールの役割も終わりに近づいている。

死をむかえるモールもあれば、再生するモールもある。大多数は新たな道を歩まねばならない。その道は多難ではあるが、相互作用、ネットワーキング、共同開発、オープン・イノベーションの促進が、未来に向けたモール再生の共通のテーマである。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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