1800年ぶりの「諸葛丞相」誕生に『三国志』ファンが沸く...中国共産党の未来は「超サラブレッド」諸葛氏が担う?
中国公安部が発表した2021年の姓氏データによると、中国における諸葛姓の人口は約4.9万人。彼らのうちの約39%が浙江省、約24%が広西チワン族自治区、約23%が山東省に分布する(ちなみに司馬姓は2.5万人、夏侯姓は1.1万人、皇甫姓は6.5万人である。司馬懿や夏侯惇・皇甫嵩など、三国志の物語ではお馴染みの複姓は、現代中国ではかなり珍しいのだ)。
調べてみると、諸葛氏が多いのはまず諸葛亮の故郷の琅邪郡に近い山東省臨沂市付近で、「諸葛城」という地名も見つかる。
また、浙江省蘭渓市には諸葛亮の後裔を称する人たちが住む諸葛八卦村があり、この村は明代の古建築が多く観光名所になっている。ほかにも浙江省温州市付近に諸葛姓の人たちが多くいる。
浙江省の諸葛氏たちの複数の族譜(父系の祖先を記した一族の歴史書。内容が事実とは限らない)によると、諸葛亮から14世代後の子孫とされる諸葛浰が、浙江省における諸葛一族のはじまりだという。
諸葛浰は五代十国時代の10世紀半ば、華北の混乱を避けて南下し、紹興県や寿昌県(いずれも現在の浙江省)の県令を務めて現地に根付いたとされる。
一方、上海は19世紀半ば以降に発展した歴史の浅い都市で、中華人民共和国の成立前からの上海市民の多くは、隣接する浙江省からの移住者やその子孫である。浙江省の有力氏族である諸葛氏からも移住者がいた可能性は高い。
諸葛宇傑も、彼らの末裔ではないだろうか(余談ながら、上海の人民代表委員〔市議に相当〕には、清朝皇族の末裔かと思われる愛新覚羅徳甄という女性議員がいる。2010年代半ばには、諸葛宇傑も同市の人民代表委員を務めていたため、当時の上海では愛新覚羅氏と諸葛氏が議場で市政を論じる奇観が見られた)。
諸葛宇傑は現総理である李強の息がかかっているためか、まだマイナーな地方幹部にもかかわらず、すでに彼をことさら褒め称えるような報道も現地でいくつか出ている。出世のスピードのみならず、知名度でも同世代の党幹部たちのトップランナーだ。
もっとも、若手時代から頭角を現した人物は、どこかで足を引っ張られたり派閥抗争に巻き込まれたりして、最終的にはパッとせずに終わることも多いのが中国の官界の怖さである。なかには、ゼロ年代前半に上海のトップだった陳良宇のように汚職容疑で失脚し、投獄された例もある。諸葛宇傑が今後も輝き続けられるかは不透明だ。
ただ、仮に順調に出世できた場合──。とりわけ、彼が中央政府の行政の長である国務院総理に就任した場合は大事件である。 234年に諸葛亮が五丈原で陣没してから、ほぼ1800年ぶりに、中国で「諸葛丞相」が誕生することになるからだ(丞相は現代の総理に相当する)。
政治的な話はさておき、単語の響きにワクワクしてしまうのは私だけではあるまい。七〇後幹部のホープである諸葛宇傑の将来は、ひそかな注目のポイントである。
安田峰俊(やすだみねとし)
紀実作家。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員(23'~24')。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了(中国近現代史)。『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。他に『さいはての中国』(小学館新書)、『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『中国vs.世界』(PHP新書)など著書多数。
『中国ぎらいのための中国史』
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