ミャンマー内戦に巻き込まれ、強制徴兵までされるロヒンギャの惨状

AN OVERLOOKED TRAGEDY

2024年9月11日(水)17時17分
増保千尋(ジャーナリスト)

戦場に送り込まれる難民

もう1つロヒンギャを苦しめているのが、強制徴兵だ。ミャンマーでは軍事クーデター以降、民主派や少数民族武装勢力が各地でミャンマー軍と戦っている。この戦線拡大による兵力不足を補うため、ミャンマー軍は今年2月に徴兵制開始を発表した。ラカイン州でも、州内はおろかバングラデシュの難民キャンプでロヒンギャを無理やり徴兵し、前線に動員。AAの兵士は「ミャンマー軍に加担している」という理由でロヒンギャの村を襲っているという。

ロヒンギャへの強制徴兵の実行部隊となっているのが前出のARSAと「ロヒンギャ連帯機構(RSO)」だ。ARSAは13年頃、サウジアラビア育ちのロヒンギャによって設立され、当初は市民権の回復などを目標に掲げていた。


他方、RSOは80年代に結成されたロヒンギャの古参の武装組織だ。90年代初頭にミャンマー軍の掃討作戦に遭った後、最近までその活動が話題に上ることはほぼなかったが、昨年からバングラデシュの難民キャンプ内でARSAと権力抗争をしている。両組織はお互いのメンバーだけでなく、キャンプ内のリーダーや教育者などを殺害したり、身代金目当てに難民を誘拐したりといった事件を相次いで起こしており、現在の実態は「ならず者」に近い。ロヒンギャも自分たちを代表する組織とはつゆほどにも思っておらず、むしろ恐れている。

newsweekjp_20240909094607.png

KOSMOZOO/ISTOCK (MAP)

これまで市民権を認めてこなかったロヒンギャを、なぜ自軍の兵としてミャンマー軍は使うのか。敵であるはずのミャンマー軍のために働くARSAやRSOの動きも不可解だ。だがそもそも彼らに道義心はなく、これまでも正当性より実利を取る戦略を取ってきたと、ミャンマー軍内部の事情に詳しい京都大学の中西嘉宏准教授(比較政治学)は指摘する。

「ラカイン州の戦闘で劣勢に立つミャンマー軍は、(これまで差別の対象にしてきた)ロヒンギャを取り込まなければいけないほど、深刻な兵力不足に陥っているとみられる。一方、ARSAとRSOは『敵(ラカイン人のAA)の敵(ミャンマー軍)は味方』の論理によって軍に協力しているのかもしれないが、金銭や武器など何らかの利益を受け取っている可能性もある」

ARSAとRSOの派閥争いによって、もともと悪かったキャンプ内の治安はさらに悪化している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によれば、23年に誘拐や殺人といった深刻な事件でロヒンギャ難民が保護を必要としたケースは1857件と、前年の2.8倍に増えた。これに加え、ARSA、RSOによる強制徴兵が、難民をさらなる恐怖に陥れている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ヒズボラ、爆発の数時間前までポケベル配布=治安筋

ビジネス

米国株式市場=ダウ最高値、ナイキが高い フェデック

ビジネス

ボーイング、米2州で従業員の一時帰休開始 ストライ

ワールド

一部州で期日前投票始まる、米大統領選 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    世界で最も華麗で高額な新高層ビルに差す影
  • 2
    がん治療3本柱の一角「放射線治療」に大革命...がんだけを狙い撃つ、最先端「低侵襲治療」とは?
  • 3
    NewJeans所属事務所ミン・ヒジン前代表めぐりK-POPファンの対立深まる? 
  • 4
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 5
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 6
    浮橋に集ったロシア兵「多数を一蹴」の瞬間...HIMARS…
  • 7
    他人に流されない、言語力、感情の整理...「コミュニ…
  • 8
    口の中で困惑する姿が...ザトウクジラが「丸呑み」し…
  • 9
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 10
    ロシア防空ミサイルが「ドローン迎撃」に失敗...直後…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    クローン病と潰瘍性大腸炎...手ごわい炎症性腸疾患に高まる【新たな治療法】の期待
  • 3
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優雅でドラマチックな瞬間に注目
  • 4
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 5
    世界で最も華麗で高額な新高層ビルに差す影
  • 6
    北朝鮮で10代少女が逮捕、見せしめに...視聴した「禁…
  • 7
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 8
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰…
  • 9
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 10
    「ポケットの中の爆弾」が一斉に大量爆発、イスラエ…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 4
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 5
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 6
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 7
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 8
    止まらない爆発、巨大な煙...ウクライナの「すさまじ…
  • 9
    ロシア国内クルスク州でウクライナ軍がHIMARS爆撃...…
  • 10
    「ローカリズムをグローバルにという点で、Number_i…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中