ミャンマー内戦に巻き込まれ、強制徴兵までされるロヒンギャの惨状
AN OVERLOOKED TRAGEDY
この優勢の波に乗り、23年11月に一挙に攻勢に出てラカイン州にあるミャンマー軍の拠点を次々と占拠した。地元紙の報道によれば、今年5月までに17郡区のうち9つを統治下に置いたという。ミャンマー軍がこれに応戦し、州内でAAの勢力圏に置かれたロヒンギャの村を攻撃するなか、市民が両者の戦闘の巻き添えになり、大きな被害が出ている。
母の斬首遺体を見て号泣
4~5月にかけて激戦が繰り広げられた北部ブーティーダウン郡ナッケントー村出身のモハマド(仮名、60歳)は、AAが彼の村を支配下に置こうとしているという理由で、ミャンマー軍が5月中旬に村を襲撃したと語る。妻の親戚が暮らす同郡タミンジョー村に逃れたが、今度はそこでAA側の攻撃に出くわし、複数の兵士に銃で撃たれ、足や腹部に重傷を負った。モハマドは村の惨状をこう話す。
「17年8月にも、ミャンマー軍は私の村を攻撃しました。しかし今回のほうがより多くの人が亡くなっており、7年前の危機よりも被害は大きいと感じます」
同じくタミンジョー村のアリ(仮名、16歳)は、AAによる攻撃が始まった当初、マドラサ(イスラム神学校)にいた。銃声と爆発音を聞いて家路を急いだが、自宅で目にしたのは変わり果てた母やきょうだいの姿だった。家族11人のうち6人が銃に撃たれるなどして亡くなり、残り5人も重傷を負った。母親は斬首され、さらに腕を切り落とされており、その姿を見て号泣したという。逃げるために外に出ると水田には銃で撃たれたロヒンギャの遺体がいくつも横たわっていた。その後、AAは彼の村に火を放った。「こんなひどい仕打ちをするなんて、軍もAAもどれほどロヒンギャを憎んでいるのだろう」と、アリは言う。
戦闘は今も続いており、8月5日には、バングラデシュ側に避難しようと両国間を流れる国境の川を渡ろうとしたロヒンギャがドローンなどによる爆撃を受け、約200人が犠牲になったと米CNNなどが報じた。冒頭の筆者に送られてきた写真は、その際に撮影されたもので、ミャンマー軍とAAはこの惨事の責任をなすり付け合っている。ラカイン州の戦況が悪化するなか、バングラデシュに逃れようとするロヒンギャが急増しているが、同国は現在、難民の受け入れを制限しており、多くの人が国境付近で立ち往生している。