最新記事
韓国

ポストソウルは実現するか? 21世紀初の首都機能移転を目指す世宗市の今

2024年9月28日(土)19時00分
佐々木和義

農村部への新都市建設があだに......

高速鉄道KTXが停車する忠清北道清州市の五松(オソン)駅

高速鉄道KTXが停車する忠清北道清州市の五松(オソン)駅(筆者撮影)

こうして難産の末に誕生した世宗市だが、一番問題となったのはアクセスの悪さ。ソウルから120キロ離れているうえ、直結する鉄道路線もないのだ。世宗市に移転した政府庁舎へソウルから来るにしても、高速鉄道KTXが停車する忠清北道清州市の五松(オソン)駅から約20キロ離れており、首都からの通勤は難しい。まさに陸の孤島状態だった。

そこで政府はソウルと世宗政府庁舎を結ぶシャトルバスを運行した。これを利用すれば早朝にソウルを出発して始業前に庁舎に到着、終業後も2時間かけてソウルに戻ることが可能となる。公務員の中には平日は世宗で暮らし、週末はソウルに戻る単身赴任も少なくなかった。ところが、このシャトルバスについては「公務員の世宗市定着が妨げられる」、さらに「毎年数十億ウォンもの税金が投入される」といった批判が寄せられ、2021年末で廃止となってしまった。

首都圏の不動産価格高騰で注目集める

ところが首都圏の不動産価格の高騰が重なると公務員たちは家族ぐるみで世宗市へと転入するようになる。市が発足した2012年に11万5388人だった人口は、主要機関が移転を終えた2017年には28万4225人となり、24年6月には39万3793人まで増加した。

とはいえ世宗市の政府官庁等に勤務する公務員は1万数千人。家族を合わせても中核都市を維持する人口にはほど遠いのは明らかだ。また、もともとは桃の産地として知られていた燕岐郡などの農村地帯を編入したこともあって、住宅や生活インフラなどは整っていなかった。そこで市は住宅団地や商業施設、病院、学校、保育園といった生活環境を整えると同時に産業団地を造成して企業誘致を推進した。

世宗市の人口が増えた直接の要因は職住環境整備だが、首都圏の地価高騰と若者世代の就職難も伸長を後押しした。首都圏の地価が急騰すると大企業が相次いで世宗に事業所を設置し、あるいは本社を移転した。2022年には中堅企業15社が1000億円相当を投資して2000人規模の新規雇用を生み出している。

超学歴社会の韓国では出身大学が人生を左右してきた。親たちは子をスカイ(SKY)と呼ばれるソウル大学、高麗大学、延世大学に入れるため、ソウルの学校に通わせてきたが、スカイを卒業しても就職できない若者が増え、スカイだけが人生ではないという考えが子どもをもつ世代に広まったこともプラスに作用した。地価高騰が著しい首都圏の住宅を購入できない公務員や会社員が世宗へ転勤や転職して、それを機にマンションを購入する。合計特殊出生率が世界ワーストワンの韓国で22年まで1.0以上を維持してきた唯一の主要自治体となったのだ。

このように人口動態などでは順調に見える世宗市だが課題もある。人口増加による交通の混雑と住宅不足、地域格差などが問題化している。市当局は改善しようとしているが、主要都市とのアクセスなどは容易に解決できる課題ではない。仮に国会が世宗に移転してもソウルを起点に構築されている交通網が変わることはなく、地元へのアクセスが厳しくなる国会議員も出てくるが予想されている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中