最新記事
BOOKS

恩師を殺害したバスジャック犯の少年に、5年後「つらかったね」...本当にあった「再生」の物語

2024年9月23日(月)14時35分
印南敦史(作家、書評家)

しかし、「家族の看病で疲れていて、居眠りをしてしまし、気づかなくてごめんなさい」と謝る女性の首を、「お前は俺の言うことを聞いていない!」と憤る「少年」が刺してしまったとき、「ああ、この子は、本気だったのか......」と気づいたのだという。

その後、運転手から「トイレ休憩も必要じゃないか」と声をかけられた「少年」がそれを了承したためバスが停まり、ひとりずつ順番にトイレに行くことになった。ところが、最初に降りた人が非常電話から警察に通報したことを知ると彼は激昂する。


「あいつは裏切った。連帯責任です」
 と言いながら、私の顔面に包丁を振り下ろしました。
 私は、反射的に両手で顔を覆いました。その両手首を、少年が何度か切りつけました。さらに後頭部を切られた私は、座席に座っていられなくなり、「キャー」と、言うともなく悲鳴をあげながら、我が身ではないように身体が倒れていきます。まるでスローモーションか何かのように、ふわーっとした感覚でした。(11〜12ページより)

そんな状況にあっても、「いま私が死んだら、この子を殺人者にしてしまう......」と、"自分でもなぜ湧いてきたのかわからない"思いが頭の中を通り過ぎたという。しかし、横にいた塚本さんが刺されたことはわかっていなかったようだ。

事件後にたどり着いた、子どもたちの「居場所」をつくること

いずれにしても、これだけの惨状を体験したのであれば、外傷のみならず、心にも大きな傷を負って当然である。ましてや大切な人を失っているのだ。著者が「少年」に対して憎しみを抱いたとしてもまったく不思議ではなく、むしろ当然のことだろう。

そうしなかったのは、不登校の娘が抱いていた気持ちと、「少年」のそれに共通するものを感じたからなのだという。

ともあれ著者はこの事件を契機として、「少年」個人の問題ではなく、同じような悩みを抱えた子どもたちにまで視野を広げる。そして行き着いたのは、はけ口を持たない子どもたちの「居場所」をつくることだった。

不登校の子どもたちが集まる場所をつくり、いろいろな問題を抱えた子どもたちと接することにしたのだ。そしてそんな中、子どもの本音から気づきを得たりもする。


「居場所」を始めたばかりの頃には、「どうにかしてあげなくては」と思う私がいたのです。わざわざ来てくれている人に、何か「おもてなし」や「サービス」をしなければならない、というのが習い性になっているのでしょうか。
 一方、私の思いやふるまいとは別に、来ている子どもたちには、子どもたちの感じ方があります。不登校の子どもは、大人がどのような気持ちで自分たちに向き合っているのかを敏感に感じとる子が多いようです。「何かしなければ」と思っている私は見透かされ、「俺たちは、なんもしてもらわんでよか!」とズバリ言われました。(113ページより)

子どもたちを「ありのまま受け入れよう」と考えるようになったにもかかわらず、無意識のうちに「どうにかしてあげよう」としていた自分自身に矛盾を感じたわけである。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナでの戦闘再開、「復活祭の停戦」終了=プー

ビジネス

トランプ氏、早期利下げ再要求 米経済減速の可能性と

ビジネス

関税の影響「控えめの公算」、FRBは状況注視=シカ

ワールド

ローマ教皇フランシスコ死去、88歳 初の中南米出身
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 2
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投稿した写真が「嫌な予感しかしない」と話題
  • 3
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 4
    遺物「青いコーラン」から未解明の文字を発見...ペー…
  • 5
    「アメリカ湾」の次は...中国が激怒、Googleの「西フ…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    なぜ? ケイティ・ペリーらの宇宙旅行に「でっち上…
  • 9
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 10
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中