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恩師を殺害したバスジャック犯の少年に、5年後「つらかったね」...本当にあった「再生」の物語

2024年9月23日(月)14時35分
印南敦史(作家、書評家)
ナイフを持ったバスジャック犯

写真はイメージです Alex Verrone-shutterstock

<2000年に17歳が起こした西鉄バスジャック事件。乗客1人が死亡、4人が重軽傷を負った。バスに居合わせ、重症を負った女性はなぜ...>

2000年5月3日に起きた西鉄バスジャック事件の記憶はいまだに鮮明だ。

神戸連続児童殺傷事件からわずか3年後の出来事であり、「ネオむぎ茶」というハンドルネームで「2ちゃんねる」に書き込みをしていた犯人が、神戸の事件の犯人(事件当時は14歳)と同学年である17歳の少年だったことも大きな話題となった。

サービスエリアに停車中だったバスに機動隊が突入し、少年が逮捕されるまでの様子はテレビで生中継されたが、あのバスの中にいたのが『再生 西鉄バスジャック事件からの編み直しの物語』(山口由美子・著、岩波書店)の著者だ。


「少年」が立ち上がったのは、バスが佐賀駅前を出発して、高速道路に入って間もなくでした。大きな包丁を振りかざしてはいますが、「少年」は、華奢な身体つきです。包丁を振りかざすというよりは、包丁に振り回されているような男の子でした。そんな印象でしたから、実のところ私は、あまり本気にしていなかったのです。「後ろに行けというから、まあ、行っておくか」程度の、切迫感のない気持ちだったのを覚えています。
「お前は、俺の言うことを聞いてない! 後ろに下がってない!」
 そう言って私の目の前で、一人の女性客の首を彼が刺すまで、「少年」が本気だと思っていませんでした。(2〜3ページより)

著者はこの日、自分の子どもたちが幼い頃に世話になり、「恩師」と呼べる関係だったという塚本達子さんという女性と、福岡まで朝比奈隆氏の率いる大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会に向かうところだった。

28年間にわたり小学校教諭を務めたのち、「幼児室」という施設を主宰されていた女性であり、この事件で唯一、命を落とされた被害者だ。

ちなみに塚本さんは最初、バスは時間がかかるから電車にしようと話していたのだという。しかしその後、「やっぱりバスにしよう。高速バスなら、バスを降りたらホールまで歩いて行けるから」とのことで経路を変更したのだそうだ。

その結果、「少年」と乗り合わせたことを考えると、「あのバスに乗る運命だったのかもしれない」と著者は振り返ってもいる。

「自分でもなぜ湧いてきたのかわからない」思い

特筆すべきは、バスが乗っ取られ、命の危機に瀕しているにもかかわらず、著者が冷静な視点を保ち続けていたことだ。車内の描写は読むのがつらくなるほど生々しいのだが、それでも引き込まれてしまうのは、目の前にある現実を客観的に受け入れていることがわかるからだ。


「少年」の顔は、無表情です。全世界に心を閉ざしたような顔をした「少年」の姿に既視感があり、つらいんだな、と感じました。これは事件後に考えたことですが、「少年」のつらそうな表情が、不登校をしていた頃の娘の姿とオーバーラップして、彼がつらいんだと、直感的に思えたようです。(8ページより)

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