苦悩増すゼレンスキー大統領...戦争は「素人大統領」をどう変えたのか
「優れた記憶力はゼレンスキー氏の大きな長所だ。膨大な情報を覚えていて、細部や微妙な違いをすぐに把握する」とレズニコフ氏。「私は間近で目撃したが、あっというまに英語をマスターしたのも、この才能のおかげだ」
レズニコフ元国防相は2023年9月、国防省内での汚職スキャンダルの後、ゼレンスキー氏に更迭された。自身は関与を否定している。だが、地政学分野での経験がほとんどないテレビコメディアン出身のゼレンスキー氏が、人員でも装備でも圧倒的な軍を持つプーチン・ロシアに勝つのは難しいのではないかという見方を一蹴する。
「ゼレンスキー大統領については、マーク・トウェインの言葉を引用したい」とレズニコフ氏。「犬のけんかで重要なのは身体の大きさではない。闘争心の大きさだ」
しかしその一方で、ゼレンスキー氏と複数回にわたり協議した欧州高官によれば、自身を暗殺しウクライナ指導部を動揺させようというロシア側の企図について、ゼレンスキー氏はますます被害妄想を強めているという。
「それも無理のない話だ」と高官は言う。
過去にはお笑い動画での滑稽な姿も
今月のNATO首脳会議におけるゼレンスキー氏の深刻な訴えは、かつて視聴者を爆笑の渦に巻き込んだ不謹慎なお笑い寸劇とは対照的だ。
ユーチューブに投稿された2016年の動画には、将来ウクライナの指導者となる人物が、ズボンを足首まで下げた格好でピアノの前に立ち、両手が鍵盤からまるで離れたところにあるにもかかわらず曲を「演奏し」、聴衆を喜ばせている様子が映っている。
「もちろん、この5年間で彼は変わった」と語るのは、1995年から2000年までクリビーリフ経済大学でゼレンスキー氏と同窓だったアンドリイ・シャイカン氏。「彼は年を取り、信じがたいほどの重荷を委ねられる人間になった。夜は2─3時間しか寝ていない。巨大なプレッシャーだ。見れば分かる」
ゼレンスキー氏は1990年代、ウクライナ中部の製鉄都市クリビーリフで育った。クリビーリフはソ連崩壊の後、経済の混乱と犯罪の激増のもとで疲弊していた。
ゼレンスキー氏はエンターテインメント分野で生きる道を見つけ、故郷の地区にちなんで「クバルタル95」と名付けたコメディアングループを創設した。このグループは、旧ソ連圏で人気のあったロシアのタレント発掘番組KVNで優勝した。
2015年、ゼレンスキー氏は新たなテレビコメディシリーズ『国民の僕』に主演。政治腐敗に関する教室での発言がネットで話題になったことを発端として、ウクライナ大統領にまでのぼりつめる誠実な教師を演じた。
この役柄は、ソ連崩壊後の政治腐敗のまん延にうんざりしていたウクライナ国民の琴線に触れた。現実が芸術を模倣するという珍しいケースとなり、地滑り的な勝利でゼレンスキー氏を大統領府に送り込んだのである。
「クバルタル95」の台本作家アルテム・ガガーリン氏は、かつての上司が大統領選出馬を決めたときは困惑したという。
「ウクライナのトップクラスのコメディアンで、基本的に、ショービジネス界の大物だった。大統領になどならなくてもいいではないか、と」
だが5年経った今、ガガーリンさんはゼレンスキー氏が政治家への道を歩んでくれたことに感謝している。生まれながらのリーダーであることを自ら証明したからだ。
「彼が大統領になっていなかったら、私たちは今頃どうなっていたことか」