最新記事
ウクライナ情勢

苦悩増すゼレンスキー大統領...戦争は「素人大統領」をどう変えたのか

2024年7月18日(木)20時20分

「優れた記憶力はゼレンスキー氏の大きな長所だ。膨大な情報を覚えていて、細部や微妙な違いをすぐに把握する」とレズニコフ氏。「私は間近で目撃したが、あっというまに英語をマスターしたのも、この才能のおかげだ」

レズニコフ元国防相は2023年9月、国防省内での汚職スキャンダルの後、ゼレンスキー氏に更迭された。自身は関与を否定している。だが、地政学分野での経験がほとんどないテレビコメディアン出身のゼレンスキー氏が、人員でも装備でも圧倒的な軍を持つプーチン・ロシアに勝つのは難しいのではないかという見方を一蹴する。


 

「ゼレンスキー大統領については、マーク・トウェインの言葉を引用したい」とレズニコフ氏。「犬のけんかで重要なのは身体の大きさではない。闘争心の大きさだ」

しかしその一方で、ゼレンスキー氏と複数回にわたり協議した欧州高官によれば、自身を暗殺しウクライナ指導部を動揺させようというロシア側の企図について、ゼレンスキー氏はますます被害妄想を強めているという。

「それも無理のない話だ」と高官は言う。

過去にはお笑い動画での滑稽な姿も

今月のNATO首脳会議におけるゼレンスキー氏の深刻な訴えは、かつて視聴者を爆笑の渦に巻き込んだ不謹慎なお笑い寸劇とは対照的だ。

ユーチューブに投稿された2016年の動画には、将来ウクライナの指導者となる人物が、ズボンを足首まで下げた格好でピアノの前に立ち、両手が鍵盤からまるで離れたところにあるにもかかわらず曲を「演奏し」、聴衆を喜ばせている様子が映っている。

「もちろん、この5年間で彼は変わった」と語るのは、1995年から2000年までクリビーリフ経済大学でゼレンスキー氏と同窓だったアンドリイ・シャイカン氏。「彼は年を取り、信じがたいほどの重荷を委ねられる人間になった。夜は2─3時間しか寝ていない。巨大なプレッシャーだ。見れば分かる」

ゼレンスキー氏は1990年代、ウクライナ中部の製鉄都市クリビーリフで育った。クリビーリフはソ連崩壊の後、経済の混乱と犯罪の激増のもとで疲弊していた。

ゼレンスキー氏はエンターテインメント分野で生きる道を見つけ、故郷の地区にちなんで「クバルタル95」と名付けたコメディアングループを創設した。このグループは、旧ソ連圏で人気のあったロシアのタレント発掘番組KVNで優勝した。

2015年、ゼレンスキー氏は新たなテレビコメディシリーズ『国民の僕』に主演。政治腐敗に関する教室での発言がネットで話題になったことを発端として、ウクライナ大統領にまでのぼりつめる誠実な教師を演じた。

この役柄は、ソ連崩壊後の政治腐敗のまん延にうんざりしていたウクライナ国民の琴線に触れた。現実が芸術を模倣するという珍しいケースとなり、地滑り的な勝利でゼレンスキー氏を大統領府に送り込んだのである。

「クバルタル95」の台本作家アルテム・ガガーリン氏は、かつての上司が大統領選出馬を決めたときは困惑したという。

「ウクライナのトップクラスのコメディアンで、基本的に、ショービジネス界の大物だった。大統領になどならなくてもいいではないか、と」

だが5年経った今、ガガーリンさんはゼレンスキー氏が政治家への道を歩んでくれたことに感謝している。生まれながらのリーダーであることを自ら証明したからだ。

「彼が大統領になっていなかったら、私たちは今頃どうなっていたことか」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中