最新記事
パレスチナ

イスラエルはハマスの罠にはまった...「3つの圧力」に追い込まれたネタニヤフ、ガザ戦争の出口は見えず

What Is the Endgame?

2024年5月21日(火)17時16分
イアン・パーミター(オーストラリア国立大学アラブ・イスラム研究センター研究員)
ガザ戦争の舞台となるラファ

今年2月のラファ。戦闘を逃れてきた人々のテントが密集している IBRAHEEM ABU MUSTAFA AND HUSSAM AL MASRーREUTERS

<ハマスを壊滅できると主張するイスラエル軍がガザ南部ラファへの突入を強行。それでも8カ月目に入った戦争は泥沼化する一方>

パレスチナ自治区ガザの戦争は8カ月目に入ったが、出口は一向に見えない。

イスラエルは、これまでイスラム組織ハマスの戦闘員1万3000人を殺害したと主張している。その数字が確かなら、負傷したり戦闘不能になった戦闘員の数は少なくともその2~3倍と推定できる。

戦争が始まる前、イスラエルはガザにいるハマス戦闘員を約3万人と推定していた。この数字も額面どおりに受け取るならば、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の言葉は正しいのかもしれない。彼は、ガザ南部の都市ラファに残るハマスの最後の大隊を排除すれば、ハマスを壊滅させられると主張している。

しかし、この論法には穴がある。イスラエルは、殺害したハマス戦闘員の数をどのように推定しているのか説明していない。ガザの混乱ぶりから考えれば、1万3000人という数字は、パレスチナ人の犠牲者の総数3万5000人のうち戦闘任務に就ける年齢(18~40歳)の男性の概数を基に割り出した大ざっぱな数字でしかないだろう。

さらに、もし残存する戦闘員がラファの地下トンネルに隠れているとすれば、攻撃を逃れるためにトンネル網を利用して移動する可能性もある。実際にイスラエル軍とメディアは、イスラエルが何カ月も前にハマスを一掃したと主張していたガザ中部や北部に、ハマス戦闘員が再び集結しているとしている。

もっと重要なのは、イスラエルがハマスの最高幹部2人を排除できていないことだ。昨年10月7日のイスラエル襲撃の首謀者である政治部門の指導者ヤヒヤ・シンワールと、軍事部門の司令官ムハンマド・デイフである。この2人が野放しのうちは、イスラエルが勝利を宣言することはできない。

newsweekjp_20240521032542.jpg

5月10日のラファ。イスラエル軍の攻撃激化で人々が別の場所へ避難し、テントも減った IBRAHEEM ABU MUSTAFA AND HUSSAM AL MASRーREUTERS

イスラエルは、ハマスに捕らえられている残りの人質も救出できていない。昨年10月7日にハマスに拉致された約240人のうち、軍事作戦によって解放されたのはわずか3人。これ以外に、交渉やハマスの一方的な決定によって100人強が解放された。

ネタニヤフに3つの圧力

国際社会では、イスラエルを非難する声が急拡大している。各国の大学で反イスラエルの抗議デモが展開され、先日開催されたヨーロッパの国別対抗歌謡祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」では、イスラエル代表がすさまじいブーイングを浴びた。

ネタニヤフがラファ侵攻に踏み切ったことを受け、ジョー・バイデン米大統領はイスラエルへの一部弾薬の供与を保留した。ただし、これは象徴的な措置にすぎず、バイデン政権はイスラエル向けに新たに10億㌦相当の兵器を供与する手続きを進めている。

戦争の引き金となった昨年10月の奇襲攻撃の狙いを、ハマスは明らかにしていない。だが、次の3点が推測できる。

第1に、サウジアラビアとイスラエルが和平合意に達しつつあったなか、パレスチナの大義を中東の最優先課題に引き上げること。第2に、世界最大の「屋根のない監獄」と呼ばれるガザの惨状に世界の注目を集めること。そして第3に、イスラエルをあおって過剰な武力行使に駆り立て、国際社会からの非難を引き出すことだ。

この理屈でいけば、イスラエルはハマスが仕掛けた罠にまんまとはまったことになる。

ハマス壊滅の目標には程遠く、国際社会でイスラエル批判が高まるなか、ネタニヤフは3方向からの圧力によって窮地に追い込まれている。

第1の圧力は、イスラエル史上最も右寄りの政権内部からのものだ。なかでも強硬派のベザレル・スモトリッチ財務相とイタマル・ベングビール国家治安相は、ネタニヤフが長期の停戦に同意すれば、閣僚を辞任して選挙の実施に向けて動くと語っている。最近の世論調査ではネタニヤフの退任を望む国民が71%に上っており、すぐに選挙が行われれば敗北はほぼ確実だ。

ポスト9.11との類似

第2の圧力は、今もハマスに拘束されているとみられる約130人の人質の家族や支持者からのものだ。彼らは人質解放と引き換えに停戦を受け入れるよう、ネタニヤフに圧力をかけ続けている。

そして第3は、ネタニヤフの一番の盟友であるバイデンからの圧力。11月に大統領選を控えるバイデンは、この戦争をできるだけ早く終わらせたい。戦争が長引けば、進歩派やアラブ系アメリカ人の票を失いかねない。弾薬供与の保留は、バイデンの忍耐が限界に達しつつあることをネタニヤフに伝えるシグナルの1つにすぎなかった。

戦争が長引くなかで浮き彫りになってきたのは、イスラエルにパレスチナ人と共存するための長期戦略がないことだ。停戦に合意したとしても、その後の計画が全く見えない。計画の欠如が既にガザ北部で危険な権力の空白をつくり出し、そこでギャングや部族組織、犯罪者が幅を利かせている。

カート・キャンベル米国務副長官は先頃、現在の状況は9.11同時テロの後、アメリカがイラクとアフガニスタンで直面したものに似ていると警告。「(イラクとアフガニスタンでは)一般市民が退避した後も、多くの暴力や反乱が起きた」と述べた。

ガザは今後、どうなるのか。イスラエルもパレスチナも、イスラエル軍が長期にわたってガザを再占領する状況は望まないだろう。しかもネタニヤフは、いまヨルダン川西岸の一部を統治するパレスチナ自治政府がガザの統治を引き継ぐことは認めない姿勢をはっきり示している。

だが部族組織の指導者らがイスラエルに代わってガザを管理するというネタニヤフが好む方法は、対立する組織間の小競り合いや腐敗を招く恐れがある。一方、中東の近隣諸国や国連などの外部勢力が関与するという選択肢は、ネタニヤフが支持していない。

戦闘地域から別の戦闘地域へと避難を続けるパレスチナの住民は、もう希望を失いつつある。ラファのある地域指導者はこう語った。

「戦争は全てを変えた。だが何より問題なのは、安全が消え去ったことだ。弱者に残されたものは何もない。生き残るのは強者だけだ」

The Conversation

Ian Parmeter, Research Scholar, Centre for Arab and Islamic Studies, Australian National University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物続伸、ウクライナ紛争激化で需給逼迫を意識

ビジネス

午前の日経平均は反発、ハイテク株に買い戻し 一時4

ワールド

米下院に政府効率化小委設置、共和党強硬派グリーン氏

ワールド

スターリンク補助金復活、可能性乏しい=FCC次期委
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中