最新記事
注目ニュースを動画で解説

映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち苦悩するアメリカの寓話【アニメで解説】

2024年5月2日(木)18時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
オッペンハイマー

Newsweek Japan-YouTube

<2024年アカデミー賞の作品賞を含む7部門で受賞した映画『オッペンハイマー』について考察したアニメーション動画の内容を一部紹介する>

*若干のネタバレあり

昨年7月のアメリカ公開から大幅に遅れてクリストファー・ノーラン監督作品『オッペンハイマー』が今年3月に日本でも公開された。

映画の題材は「原爆の父」と呼ばれる物理学者の半生。ヒロシマ・ナガサキの惨状が描かれていないとの批判を受ける本作を、批評家の藤崎剛人氏は「紛れもない反核映画」と言い切る。その理由は──。

本記事では、本誌YouTubeチャンネルの動画「【考察】『オッペンハイマー』は紛れもない「反核映画」...被爆者イメージと向き合えなかった「アメリカについての寓話」でもある」の内容をダイジェスト的に紹介する。

◇ ◇ ◇

『オッペンハイマー』では事前情報の通り、原子爆弾によるヒロシマ・ナガサキの惨状は描かれていない。それはこの映画が原爆についての記録映画ではなく、オッペンハイマーという人間を描く映画だからであり、直接的に描かないことにこそ演出の意図がある。

本作では視点の違いが明確に区別されており、オッペンハイマーの主観的な場面はカラー映像、彼が視点を持たない場面はモノクロ映像で表現される。

newsweekjp_20240502042446.jpg

「原爆の父」とされるオッペンハイマーは水爆の開発には消極的であった。理由は「被爆者」にある。

オッペンハイマーが原爆投下の様子を映像で見る場面では、被爆者の映像そのものは画面に映らない。ただ、映像に映らないからこそ、被爆者のイメージがオッペンハイマーにとっていかに心理的に抑圧されているかを暗示しているのではないか。

newsweekjp_20240502044712.jpg

作中でオッペンハイマーはギリシア神話のプロメテウスに喩えられる。プロメテウスは人類に火を与えた神で「先んじて知る者」という意味を持つ。オッペンハイマーは原爆が存在する世界、つまり何かきっかけがあればすぐさま世界が白く焼き尽くされるのを先んじて理解している。

newsweekjp_20240502050245.jpg

映画は晩年のオッペンハイマーが表彰を受ける場面で終わり、彼が「原爆の父」という「栄光」から逃れられないことを示す。ここで描かれるオッペンハイマーはプロメテウスの兄弟で、プロメテウスの忠告に逆らってパンドラと結婚し、世界に災厄が振りまかれるきっかけを作ったエピメテウスになぞらえる方が自然だ。

エピメテウスは「後から考える者」を意味する。原爆の使用に賛成したオッペンハイマーが選択を後悔する姿は、英雄プロメテウスとは反対に愚者エピメテウスの表象とも解釈できる。

newsweekjp_20240502050658.jpg

このプロメテウスとエピメテウスという表裏一体の兄弟は、オッペンハイマーという人物を通し、これもまたアメリカそのものを表象しているとも解釈できる。

世界に先駆けて核爆弾を人類にもたらし、その結果訪れた「核の時代」の問題に後になってから悩んでいるようにみえるアメリカ。世界最大の核保有国であることを誇り、核抑止力の正当性を主張するが、それは被爆者の存在を抑圧することによって成り立っている。しかし、その自信はそれほど強固なものではないのかもしれない。

映画『オッペンハイマー』は、そのことを示唆する寓話だった。

■より詳しい内容については動画をご覧ください。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中