【本誌調査で判明】米政府、モスクワの大使館維持のためにロシア企業と契約 800万ドルの支払いは妥当か?
THE PRICE OF DIPLOMACY
英サセックス大学の汚職研究センターのロバート・バリントン教授によると、制裁対象となった企業は実態不明のオフショア企業のネットワークを使ってオーナーを隠している。そのため米大使館と取引のあるロシア企業の「実質的支配者」(UBO)が制裁リストに載った人物ではないと断定するのは「極めて困難」だと、バリントンは言う。「オリガルヒ(新興財閥)はたいがいこうしたペーパーカンパニー網を通して何重にも偽装を施し、誰が出資し実権を握っているか絶対に分からないようにして事業を行っている」
制裁対象かどうかにかかわらず、わずかでもロシア経済にキャッシュが注入されれば、プーチンを助けることになるという議論も聞かれる。
ウクライナ系アメリカ人ジャーナリストのマーク・テムニッキーは「米大使館がロシアで活動を続け、ロシア企業に物資やサービスを発注していれば、制裁の効果が弱まる」と警告する。ロシア企業の受注は小規模であれロシア経済を活気づけ、回り回ってロシア軍の戦費確保にも役立つというのだ。
テムニッキーは、米大使館がロシア企業と取引していれば、経済制裁はさほど厳しく守られていないといった印象を与えかねない、とも指摘する。「ほかの権威主義的な国々が『制裁は形だけ』と解釈して、自分たちも好き勝手に(武力行使)できると思いかねない」
機密情報が盗まれる危険性も
英キングズ・カレッジ・ロンドンの経営学大学院のマイケル・ウィット教授も米大使館の仕事で「ロシア企業や従業員が得る追加収入は少額であれ、ロシア経済の安定化に役立つ」とみる。「企業と従業員は税金を払うから、ロシア政府の戦費調達を利するだろう」
ただし、ロシアとの外交的パイプを維持するメリットを考えれば、大使館がロシア企業に払うカネは「必ずしも無駄とは言えない」と、ウィットはクギを刺す。
一方、ジョージ・W・ブッシュ元米大統領の特別補佐官を務めたマイケル・アレンに言わせれば、米大使館の取引はロシアで今も事業を続けている米企業にとって悪い見本になりかねない。エール大学経営学大学院傘下の研究所によると、開戦後に1000社超の米企業が程度の差はあれロシアでの事業を縮小すると公表した。ロシアにとどまった企業も何百社とあり、撤退しなかったことで批判にさらされてきた。