最新記事
ウクライナ戦争

ウクライナに「ソ連時代の核兵器」が残っていない理由...放棄しなければロシア侵攻は防げた?

Why Ukraine Has No Nukes

2024年2月7日(水)12時02分
フレッド・カプラン(スレート誌コラムニスト)
ウクライナの核兵器放棄

(左から)ウクライナの核兵器放棄で合意したクリントン、エリツィン、クラフチュク DIANA WALKER/GETTY IMAGES

<核兵器があれば、ロシアの侵攻は避けられた? 初公開文書が明らかにした94年の決断の意味>

あんなことがなければ......。ロシアのウクライナ侵攻以来、多くの政治家や評論家がそんな無念を口にしている。1994年1月、ビル・クリントン米大統領とロシアのボリス・エリツィン大統領がウクライナに核放棄を迫り、合意にこぎ着けた出来事のことだ。

当時、91年に独立したウクライナには、旧ソ連時代に配備された大量の核兵器が残されていた。これらを手放さなければ、ロシアによる2014年のクリミア併合や22年の侵攻を抑止できたのではないか。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領も、いら立ちのあまりか、核放棄を受け入れるべきでなかったと発言したことがある。

ところが、こうした見方は的外れであることが、機密指定解除された文書によって明らかになった。民間調査団体、アメリカ国家安全保障文書館が1月下旬に公開した文書は、情報自由法に基づく訴訟を通じて取得されたものだ。

ちょうど30年前、冷戦後の国際関係をめぐってモスクワとキーウ(キエフ)で行われた歴史的首脳会談で、クリントンとエリツィン、ウクライナの初代大統領レオニード・クラフチュクが交わした会話の記録からは、いくつかの事実がありありと浮かび上がる。

合意を生んだ時代精神

当時のウクライナには、領内に残る約2000発の核弾頭を維持する資源がなかった上、その多くは耐用年数が迫るICBM(大陸間弾道ミサイル)に搭載されていた。

クラフチュクをはじめ、ウクライナの政治家はほぼ一致して核放棄を強く望んでいた。86年にキーウ近郊のチョルノービリ(チェルノブイリ)で発生した原発事故の記憶が新しく、同様の事故が起こる可能性を懸念していたためだ。

ウクライナの核放棄については、会談に参加した3カ国の首脳も、条件をめぐる交渉に数カ月を費やした外交関係者も、後に合意に参加するイギリスの当局者も、原子力安全や核不拡散を推進する手段だというのが主な考えだった。

アメリカでは91年に、旧ソ連諸国の核兵器などの廃棄・解体を財政支援するナン・ルーガー法が成立していた(94年1月の合意では、ウクライナは「最低でも」1億7500万ドルの支援を受けるはずだった)。

また、米ロは同じ時期、ウクライナにある旧ソ連の弾道ミサイル「SS19」や「SS24」を対象に含む第2次戦略兵器削減条約(START II)の交渉を行っていた。

94年の会談の際、エリツィンはロシア産原油・天然ガスを購入するウクライナの巨額債務を帳消しにした。クリントンは、ウクライナの将来的なエネルギー輸入に資金を提供するよう、IMFやG7各国を説得すると約束していた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米を不公平に扱った国、関税を予期すべき=ホワイトハ

ワールド

トランプ氏、5月中旬にサウジ訪問を計画 初外遊=関

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中