ウクライナに「ソ連時代の核兵器」が残っていない理由...放棄しなければロシア侵攻は防げた?
Why Ukraine Has No Nukes
文書によると、クラフチュクはクリントンとの2者会談で、「ウクライナが通貨と民間投資の安定性を実現すれば、私たち大統領3人の合意が唯一可能な道だったと、誰もが納得するはずだ」と発言。その2日後、エリツィンも交えた会談では「核軍縮以外に選択肢はない」と語っている。
だが、クリントン側近の1人が「首脳会談の最高の功績」と称した3国間合意は今から思えば、ある意味でウクライナに対する裏切りだった。
20年後に約束をほごにしたプーチンと米英
クリントンとエリツィンは、ウクライナに「友好の証しとして完全な安全保障」を約束。ウクライナを含む「あらゆる国家の領土一体性や政治的独立に対する脅威、あるいは武力行使を慎む責務」についても再確認した。
94年12月にはハンガリーの首都ブダペストで開かれた会議で、米ロとイギリスが核放棄を決めたウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに、核拡散防止条約(NPT)加盟と引き換えに安全を保障するという内容の覚書に署名した。
だが、それから20年後、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は明らかに約束をほごにし、クリミアを武力併合。さらに8年後には、ウクライナに全面侵攻した。
米英は(ブダペスト覚書が定めるとおり、国連安保理に即時支援を求めることを除けば)ウクライナを援助する法的義務はなかったものの、ロシアの行為を声高に非難することもなかった。その受け身の姿勢が、欧米は介入しないとの印象をプーチンに与え、ウクライナ侵攻に踏み切らせたという見方もできるだろう。
それでも、いずれロシアが侵攻してくると知っていたら、クラフチュクらは核兵器を放棄しなかったはずだという主張は的外れだ。94年当時、安全保障は重要だったとはいえ、合意の骨格というより「おまけ」だった。ウクライナ(およびベラルーシとカザフスタン)の核兵器は各国指導者の承認と祝福の下、廃棄される運命だったのだ。
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