中東危機:シリアの沈黙、隠された動機と戦略
いずれにせよ、シリア政府とハマースの和解、あるいは抵抗枢軸の再生がいまだ途上にあるなかで、ハマースは「アクサーの大洪水」作戦に踏み切ったと言えるのである。
戦略的パートナーだったイスラエルと反体制派
首都ダマスカス南部での抗争において、ハマースの系譜を汲むアクナーフ・ビント・マクディス大隊が、ヌスラ戦線を主体とする反体制派と共闘したことはすでに述べた通りだが、その反体制派は、占領下ゴラン高原に近いクナイトラ県、ダルアー県、ダマスカス郊外県南西部においては、2018年半ばに同地がシリア政府の支配下に復帰するまでは、ハマースと敵対するイスラエルの支援を受けていた。
シリア南部で負傷した反体制派の戦闘員の一部は、イスラエル領内へと搬送され、そこで治療を受けることができた。また、イスラエル領内からの武器、兵站支援なども行われていたとされる。2018年7月、反体制派がシリア南部で追い詰められ、シリア軍の包囲を受けた際、ホワイト・ヘルメットのメンバーとその家族約400人を救出する作戦を実行したのもイスラエルだった。シリア南部でのその後ほどなくして、戦闘継続を望む反体制派のメンバーが、シリア政府によって用意された大型バスでイドリブ県へ移送されることで決着したが、移送されたメンバーのなかにヌスラ戦線のメンバーは含まれていなかったとされる。
飛び火する「アクサーの大洪水」作戦の戦火
10月7日にハマースが「アクサーの大洪水」作戦を開始すると、その戦火は、レバノン南部(イスラエル北部)、そしてシリアにも飛び火した。
シリアでは、以下四つの軍事的衝突が発生している。
第1は、占領下ゴラン高原と政府支配地での散発的な砲撃戦である。砲撃戦はヒズブッラーとともにシリア国内で活動しているとされる諸派とイスラエル軍の間で10月10日と14日に行われた。
第2は、ダマスカス国際空港とアレッポ国際空港に対するミサイルでの爆撃である。爆撃は10月12日に両国際空港、14日にアレッポ空港に対して行われ、これによって両空港は19日まで利用不能となった。イスラエル側の主張によると、爆撃は占領下ゴラン高原に対する砲撃への報復だと言うが、「イランの民兵」への物資輸送の阻止が目的と見られる。
第3は、イラクとの国境に近いダイル・ザウル県ブーカマール市一帯への所属不明の無人航空機(ドローン)による「イランの民兵」の陣地や車輌を狙った爆撃である。爆撃は10月10日未明と17日に行われた。
第4は、首都ダマスカス上空へのイスラエル軍のドローンの飛来とシリア軍による迎撃である。ドローンの飛来は10月16日に確認された。
イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは、今年に入って31回目、ないしは37回目となる。侵犯行為の回数を特定できないのは、攻撃主体を特定できない侵犯行為が6件あるためである。「アクサー大洪水」が開始されて以降、イスラエルがシリアに対して行った侵犯行為は、10月19日の段階で4回、ないしは7回である。
イスラエル軍による攻撃は概ね「イランの民兵」を狙ったものだと言えるが、ここで言う「イランの民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称で、イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。「シーア派民兵」と呼ばれることもあるが、これも蔑称でシリア政府側は「同盟部隊」と呼んできた。
「イランの民兵」は、シリア内戦において、シリア軍、ロシア軍と共闘し、反体制派やイスラーム国との戦いに参加することで、勢力を拡大した。だが、これを構成する組織に目を向けると、ゴドス軍団であれ、ヒズブッラーであれ、いずれも対イスラエル武装闘争の急先鋒であり、抵抗枢軸の主力をなしてもいる。抵抗枢軸は、シリア内戦を通じて「イランの民兵」の名で強大化することで、イスラエルにとってこれまで以上に好ましくない存在となっていたのである。