中東危機:シリアの沈黙、隠された動機と戦略
シリア政府はどう関与できるのか?
「アクサーの大洪水」作戦開始に伴うガザ地区での戦火がシリアに飛び火するなか、シリアが緊迫するパレスチナ・イスラエル情勢からどのような影響を受けるのか、あるいはシリアがどのように関与するのかは大いに気になるところである。
だが、この問いに答えるには、シリアを分断する当事者、とりわけシリア政府と反体制派の思惑や課題を見る必要がある。
シリア政府が現下のハマースとイスラエルの武力衝突に関与するうえでのカギとなるのは、ハマースとの和解の有無だろう。シリア政府とハマースとの和解に踏み切ることは、抵抗枢軸が「アラブの春」以前の状態を取り戻すだけでなく、「イランの民兵」にハマースが加わることを意味するからだ。イスラエルにとって、シリア内戦を勝ち抜いてきた強大化した抵抗枢軸との対峙を余儀なくされることは、決して好ましいシナリオではない。
だが、シリア政府にも課題はある。「アクサーの大洪水」作戦が始まった翌日の10月8日、アサド大統領はアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領と電話会談を行った。会談内容は明らかではないが、米国のネットメディアのアクシオス(AXIOS)によると、ムハンマド大統領はアサド大統領に対して「アクサーの大洪水」作戦に干渉しないようという米国からのメッセージを伝えたとされている。これについては、シリアが「アクサーの大洪水」作戦に干渉した場合、米国はシリアに対して「宣戦布告」するとの情報も流れている。
対イスラエル武装闘争のアウトソーシングを本文とする抵抗枢軸のなかにあって、シリアが国家としてイスラエルに軍事的に対決を挑む可能性は低い。だが、ヒズブッラー、あるいは「イランの民兵」の挑発によってイスラエル北部での緊張が高めった場合に、その制裁の矛先は、大国イランではなく、弱小国のシリアに向けられる可能性が高い。東地中海に配備された米軍の空母打撃群の存在は、その意味でシリア政府にとって大きな圧力となっている。
反体制派の弱み
一方、反体制派は、2月5日のヒムス軍事大学へのドローンによるテロ攻撃を皮切りに、シリア軍への反転攻勢を強めようとしていた矢先に、「アクサーの大洪水」作戦というサプライズに直面した。
ヌスラ戦線が保有すると見られるドローンはほぼ連日、シリア政府支配地上空に飛来、10月12日、14日、15日、18日にはアレッポ市に飛来、14日にはフルカーン地区の将校クラブが、18日にはスィルヤーン地区の住宅が攻撃を受けた。これに対して、シリア軍とロシア軍は爆撃や砲撃によって、ヌスラ戦線の支配下にあるイドリブ県やアレッポ県西部に激しい攻撃を加えている。
だが、反体制派は、自らの反転攻勢とシリア軍、ロシア軍による報復をパレスチナ・イスラエル情勢にどのように結び付けるか、あるいはどのように結び付けられないようにするのかに腐心しているようである。なぜなら、彼らは、シリア軍、ロシア軍の報復の犠牲者だというイメージをイスラエル軍の攻撃の犠牲者であるガザ地区の人々に重ね合わせようとしてはいるが、シリア領内にドローンで反転攻勢を続けるその姿勢は、長らく戦略的パートナーだったイスラエルによるシリア領内への爆撃とオーバーラップしており、反体制派とイスラエルは一蓮托生だとの非難を許してしまうからだ。
10月17日にガザ地区のアフリー・アラブ病院で、イスラエル軍の爆撃によると見られる爆発によって500人あまりが死亡する大惨事が発生したのを受け、反体制派の支配地各所でイスラエルの攻撃に抗議し、パレスチナ人との連帯を訴えるデモが発生した。だが、政府支配地や他のアラブ諸国で、連日大規模な抗議デモが行われているのとは対象的に、反体制派支配地においては、連帯行動は極めて限定的だった。
イスラエルとシリアは敵対関係にあり、反体制派はシリア政府と敵対関係にある。昨今のシリア情勢において、「敵の敵は味方」というは、あまりに単純な図式なのだが、反体制派はこの図式から抜けきれないでいるように見える。
米国の本気度
緊迫するパレスチナ・イスラエル情勢にシリアが深く関与するのか否かを述べることはいまだ時期尚早ではある。だが、シリア政府であれ、反体制派であれ、またハマースであれ、イスラエルであれ、抵抗枢軸であれ、米国の本気度を見極めようとしている点では変わらないだろう。
とりわけ、シリア政府、ハマース、そして抵抗枢軸にとって、米国の本気度はそれぞれの盛衰に直結している。米国の本気度が低く、弱腰を見せた場合、それは抵抗枢軸の再生・拡大、そして劣勢の解消の起点となるであろうし、米国が強気の姿勢が揺るがないものだと判断した場合は、人道をめぐる米国の二重基準を非難し、非難を浴びていた自らの暴力をエスカレートさせる口実となるからである。
米国にとって、シリアが言及されないこと、あるいはシリアが介入しないことは、自らの二重基準をこれまで以上に白日のもとに晒さすことを回避し得るという点で実は好ましい。
占領を続けるイスラエルへの支持を表明する姿勢は、ウクライナ南部を占領・併合したロシアへの非難や制裁と矛盾していることはすでに多くの場で指摘されている。同じことは、シリアで民間人、病院などを標的としてきたシリア軍やロシア軍の「無差別攻撃」を非難する姿勢と、ガザ地区に対するイスラエルの過度な爆撃・砲撃に対して示される共感や同情とも矛盾している。テロリストが主導するシリアの反体制派を陰に陽に支援してきた政策と、選挙で勝利し、政権を担った経験もあるハマースをテロリストと断じ続ける姿勢とも矛盾している。
シリアに言及することは、米国を唯一の超大国としてきた一極世界が掲げる正義によって厳しく断罪されなければならなかったはずの矛盾が横行していたという事実を改めて気づかせてくれる。
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