最新記事
インドネシア

史上最も腐敗した国家指導者に選ばれた故スハルト その影響は今もインドネシア政界に

2023年10月5日(木)11時15分
大塚智彦

インドネシア歴代大統領の国家機密

インドネシアには歴代大統領にまつわる「国家機密」という冗談がある。地元マスコミの記者らが考えたものといわれているが、その真偽は不明だ。

インドネシア独立の父と言われ今でも多くの国民の尊敬を集めるスカルノ初代大統領は恋多き国家指導者と言われ、東京滞在中には現在のデビ夫人を見初めたのは有名だ。すでに既婚者だったがイスラム教の一夫多妻制という教えに基づいたもので、デビ夫人はスカルノ大統領の第3夫人に収まった。ほかにも愛人の噂も多く「愛人の数」がスカルノ大統領に関する国家機密である。

第2代大統領に就任したのがスハルト大統領で軍人出身の経歴から軍の力を背景に、イスラム急進派や学生運動家を強権弾圧して社会を安定させ、1998年のアジア通貨危機と民主化運動の高まりで退陣するまで32年間政権を維持した。

開発の父とされるスハルト元大統領は経済開発と独裁政治を推し進め「西洋の民主主義とは異なる独自の民主主義」を掲げた。長男・次男は実業界で地位を確立し、中国系インドネシア人財閥の協力を得て富を蓄えた。その結果スハルト元大統領の国家機密は「貯蓄額」とされたのだった。

1998年にスハルト元大統領の後継者に指名されたユスフ・ハビビ元大統領はドイツ留学を経てインドネシア人として初めて航空工学の博士号を獲得した頭脳明晰な学者政治家。豊富なデータに裏付けられた的確な分析から「知能指数(IQ )」が国家機密とされた。

以降、視力が極端に弱かった第4代アブドゥルラフマン・ワヒド元大統領は「視力」、第5代メガワティ・スカルノプトリ元大統領は肝っ玉母さんのような体形から「体重」がそれぞれ国家機密とされた。

スハルト元大統領の遺産

息子2人が実業界に入り、長女は政治家の道を選び、身内に軍人がいなかったことからスハルト元大統領は陸軍のエリート軍人だったプラボウォ・スビアント氏を女婿として迎えることで軍への睨みを効かせようとした。しかしプラボウォ氏は民主化運動の活動家や学生運動家の弾圧を指示したことでスハルト元大統領失脚後には軍籍を奪われた。

だがその後ビジネスに転身し巨額の富を築いたうえで政界に進出。独自の政党を立ちあげ、ジョコ・ウィドド内閣の国防相に抜擢され、2024年2月の大統領選では最有力の大統領候補となっているのだ。

プラボウォ氏を支持する国民は「強い国家指導者」としてのスハルト元大統領とその女婿(すでに離婚)であるプラボウォ氏を重ね合わせているからでもあり、スハルト元大統領人気が復活しているのだ。

そのスハルト元大統領が今回世界で最も腐敗した国家指導者と指摘されたことで、インドネシア国民による反発も予想される事態となっている。次期大統領の最有力候補であるプラボウォ氏への選挙妨害とも捉えられかねないからである。

スハルト元大統領は死後15年経った今もなお、インドネシア社会に大きな影響を残しているのだ。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中