北方拡大するNATOの「ロシア封じ込め」戦略 バルト海の軍事バランスが大きく変化
新鋭潜水艦への期待
もっとも、そうしたリスクもスウェーデンのNATO加盟により低下するかもしれない。
スウェーデン海軍第1潜水小艦隊を率いる前出のリンデン司令官は、バルト海の水面下で、現在スウェーデン海軍に所属する4隻の潜水艦の1つ、「ゴトランド」の艦長室に記者を案内した。スウェーデンの参加により、バルト諸国に配備されるNATO加盟国の潜水艦は2028年までに合計12隻になる予定だ。
キール大学安全保障政策研究所は、ロシアがバルト海に展開する潜水艦を今後数年で1─3隻追加して合計4隻とすると予想。この他に、現代的な戦闘艦約6隻からなる水上艦隊があり、カリーニングラードの部隊には、中距離弾道ミサイルも配備されている。
長年ゴトランド艦長を務めたリンデン司令官は、「この艦長室は世界で最も孤独な場所かもしれない」と語る。通常2─3週間に及ぶ任務では、司令部とまったく連絡を取らないという。
同研究所のセバスチャン・ブランズ氏によれば、ゴトランドはドイツの新鋭潜水艦「212型」と同様、NATOに所属する最先端の通常動力潜水艦の一つとなり、大部分の他の通常動力潜水艦よりもはるかに長期間、母港を離れることができるという。
「疑いなく、ゴトランド級とドイツの212型は世界で最も高性能な通常動力潜水艦と言えるだろう。これらに勝る潜水艦はない。特に静粛性という点で、使用しているエンジンから見て特に静かで、操作性も高い」と、ブランズ氏は指摘する。
リンデン司令官は、潜水艦戦においてまず求められるのは、敵の所在を確認することだと語る。乗組員が不注意にレンチを落としたり、戸棚の扉をバタンと閉めたりするだけで、敵に探知されかねない。
「艦内ではひそひそ声で話す」とリンデン司令官。「命令を叫んでいるような映画は信用しない方がいい」
ゴトランドの母港カールスクローナは、カリーニングラードとはバルト海を挟んで約350キロの距離にある。欧州安全保障協力会議によると、バルト海を航行する船舶は平均1日1500隻で世界でも最も混雑する水域の1つだ。バルト海から外洋に出るには、デンマークとスウェーデンの間のカテガット海を通るしかない。
水深が浅く混雑したこの水路は、狭い3つの海峡を抜けていくしかない。潜水艦が通過しようとすれば探知されてしまう。
音響測定能力
3つの海峡のうち1つでも封鎖されれば、スウェーデンとフィンランドへの海上貨物輸送は大打撃を受け、バルト海諸国は完全に孤立する。だがスウェーデンがNATOに加盟すれば、そうした事態は回避しやすくなる。スウェーデンの潜水艦により、NATO側の探知能力が高まるからだ。
リンデン司令官は、ゴトランドの乗員がロシア艦艇の音を探知することはときどきあるという。音が届く範囲は、季節によっても変わる。同司令官によれば、冬場ならエーランド島あたりの音も聞こえるという。英国のロンドンとバーミンガムの間の距離より少し長い。
「ストックホルムのあたりにいて、エーランド島北部のブイをつなぐ鎖の音が聞こえる」と、リンデン司令官は言う。「夏場は、3000メートルくらいしか音が届かない」